第7話

「入部おめでとう、泉くん!」


月形が笑顔で握手を求めてくる。


「我が校の文芸部は、かの亀川龍之介をはじめ、多くの文人を排出した伝統ある部だ。その名に恥じぬ活動を一緒にしていこう!」


なんだか面倒くさいことを言い始めたなと思いながら、俺は手に持っていた筆記用具を片づけた。

実際のところ俺は70点が嫌だっただけで、文芸部で活躍する気はさらさらない。


「……泉くん?」


俺の浮かない顔を見て察したのか、月形が怪訝そうに声をかけてきた。

握手をしようと差し出された手もそのままだ。


「もしかしてキミは、本当にただ僕の処女が目的で……」

「だから違うって言ってんだろ! ってか、ただの男子高生の尻にそんな価値があるか!」


たぶん、一部の飢えた男たちとヘンタイにとっては価値があるんだろうが。

……と思ったら、教卓でチョーク男がチョークを3本くらい構えていた。

怖いので目を合わせないでおく。


「そういうことじゃなくてだな。俺は文芸部の活動なんかに興味ない。ただ部員が足りないなら名前くらいは貸す」


そう宣言すると、月形の顔に落胆の色が広がった。

それはそうだろう。今の話だと、こいつはここの文芸部に誇りと愛着を持っていて。

だからこそ部員が欲しいのに、入部試験で入部者を厳しく選抜している。

それを部外者から「興味ない」と切り捨てられては、複雑な思いにもなるだろう。


「ああその、興味がないっていうのには語弊があった。俺はもともとどこの部にも入るつもりはなかったんだ。だから……」


弁解する俺を見て、月形がまた笑顔を作った。


「一緒にやれば楽しいよ!」

「なら、週1くらいは顔出すわ」


本当に顔を出すかは気分次第だが、俺は曖昧に返事する。


「これ、入部届の用紙。よかったら今日書いていって。実は部員が3人以上いないと、正式な部として認められないんだ。去年の3年が抜けて2人だけになっちゃて、どうしようかと思ってた」

「へえ?」


月形の話に相づちを打ってから、はて?と思った。


「2人だけ? あの2人は?」


チョーク男と、答案を回収しているもう1人を目で示す。


「ああ、右の彼は部員じゃなくて手伝いだよ。彼は入部試験、パスできなくて」


月形がこそっと俺に教えた。

右の彼というのはどう見てもチョーク男のことだった。


「お前、部員じゃないのかよ!」


思わずつっこむと、そいつが泣き顔で黄色いチョークを投げてくる。

しかし投げたチョークは俺のところまで届かずに、ころころと転がった。

彼はふて腐れたようにしゃがみ込む。

俺はちょっとだけ同情した。

そんな時。


「……で、例のものなんだけど」


月形から耳元でささやかれ、ドキッとする。


「受け取る受け取らないはキミ次第だ。ただ僕は……受け取ってほしいと思ってる」


眼鏡の奥の真剣な瞳が、俺を見つめた――。

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