第6話

「じゃあ、この答案は回収させてもらうよ」


月形が2枚の原稿用紙を重ね、教卓のところで回答を集めていた男に手渡した。

それから彼は、残り時間を刻み続けているストップウォッチにも手を伸ばす。

表示された時間は13分と少し。


「待て」


俺はとっさに月形の手を押し留めた。


「……何?」

「まだ13分ある、もう一度解かせてくれ!」


教室の入り口にある机から、原稿用紙をさらに2枚取ってくる。

そして俺は再び席に着いた。


採点者である月形からアドバイスらしき言葉を聞いてしまった今、ここから回答するのは不正かもしれない。

だが、それでもよかった。

俺はただ、プライドにかけて引き下がりたくなかった。

たかが部活動の入部試験で、俺が70点?

そんなの、受け入れられるわけがない。


「負けず嫌いだなあ」


それだけつぶやき、月形はそばを離れていった。


それから13分――。

ストップウォッチがピピピと、控えめな音でタイムアップを告げる。

俺はその音と同時に最後の数文字を書き、鉛筆を置いた。

深く息をつき集中を解くと、月形が俺の肩越しに答案を覗き込んでいた。


「……おおっ、近いだろ!」


顔を上げた瞬間に鼻先がぶつかりそうになる。


「ごめん、目が悪くて」

「なんのための眼鏡だよ」


つっこむと、その距離のままニッと笑われた。


「コンタクトに替えようかとも思ったんだけど、この眼鏡の評判がよくて」

「評判?」

「似合ってるって話」

「そうか、俺的にはどーでもいい情報だな」


そうか、コンタクトに替えるほど目が悪いのかと思いながら、間近にある月形の顔を眺めた。

こいつの眼鏡を奪い取ったらどうなるんだろう。

余計ないたずら心を刺激される。

そんな俺の考えも知らずに、こいつは真剣に答案へ目を向けていた。

2枚目を読み終えたのか、それを持ち上げ1枚目をもう一度視線でなぞる。


「…………」

「……どうだ?」


俺は待ちきれなくなって、自分から月形に問いかけた。


「うーん、誤字が2カ所」

「えっ、マジかよ」


彼の指さす先を見ると、確かに漢字の間違いがあった。

残り時間ギリギリで、慌てていたせいだ。

苦いため息をつく俺に向かって、月形が続けた。


「その分差し引いて98点」

「……え?」

「おまけして満点でもいいかな」

「――しゃァ!!」


心の中で叫んでガッツポーズを取る。いや、実際に叫んだ。

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