第3話

「名前は?」


さっきのストップウォッチ男が来て、机の上の原稿用紙をトントンと指で叩いた。

そういわれると俺は1行目からいきなり回答に入っていて、記名をしていなかった。

書き直す気もないので、1枚目の欄外に”泉隼人”と殴り書きする。


「いずみはやと……」


ストップウォッチ男がつぶやいた。


彼に渡されていたストップウォッチは、残り15分を差している。

来た時に回答していた他の生徒たちは皆、すでに教室を出ていってしまっていた。

残っているのはこいつのほか、教卓で退屈そうにしているのが1人、その横で回答らしき原稿用紙を眺めているのが1人だけだった。

3人ともいかにも文芸部という感じの、地味な生徒だ。

俺は机に原稿用紙を残し、席を立つ。


「そうだ、部長の”ツキガタ”っていうのは?」


ふと思い出し、ここへ来る前に金子くんから聞いた名前を口にした。

目の前にいたストップウォッチが、俺の答案から目を上げる。


「部長になんか用?」

「いや、興味本位で」

「興味本位?」


セルフレームの眼鏡のライン上にある眉が、わずかに上がった。


「掲示板のビラを見たんだ。”部長の処女”って何? 処女を売り出す男ってなんなんだ? ここの文芸部はそんなに人が欲しいのか」


俺の矢継ぎ早の質問に、ストップウォッチがすっと眼鏡を押し上げる。


「確かに部員は欲しい。けど誰でもいいわけじゃない、だから入部試験をしている」

「もしかしてこれが?」


俺は黒板の問いを目で示す。


「入部試験だよ」


なるほど。俺も薄々そうじゃないかと思っていた。

部内の催しなら、回答を終えたやつらは退出せずに残っているだろうからだ。

俺の書いた名前を確認し、ストップウォッチが続ける。


「けど泉くん、キミは部長を知らないのか」

「悪いけど知らない。転校してきたばかりなんだ」

「転校生ってことは2年? 3年?」

「2年だよ」

「ふうん」


彼は俺のつま先から頭の先までを、品定めするように眺めた。

その視線に、何か意味ありげなものを感じる。


「なんだよ……」

「あのビラ見て来るやつって、何考えてるのかなと思って」

「は?」


どうも俺は誤解されているらしい。


「違う。俺はただ、部長のツキガタってのがどんなやつなのか知りたいだけで」

「僕がその月形だよ。キミと同じ2年生」


ストップウォッチの唇が、弧を描いて笑った。


(……え、こいつが?)


特に特徴がないと思っていたその顔が、突然、妖しいオーラを放ってみえる。

華奢な体に子供っぽさを残す柔和な顔立ち。

色白なせいか、唇の赤みが目立っていた。

そのくせ黒のセルフレームの奥の瞳は、すべてを見透かすような強い光を宿している。


思わず彼の細い腰回りに目が行った。

……いや、断じてそういう興味じゃないんだが。

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