98「獣の最期」





 首だけになった災厄の獣は、地面を転がりながら自らの死がすぐそこまで来ていることを理解した。


 ――ようやく死ねる。


 長い時間、生きてきたが、ようやく魂の安息を得ることができることを喜んでいた。

 身体があれば、力を抜いていただろう。


 災厄の獣は、悪として生まれた。

 恐怖を振り撒く存在として生きることを強いられた。


 しかし、そんな存在になりたかったわけではない。


 何度も人と関わろうとした。

 愛されたかった。

 優しくされたかった。

 笑顔を向けて欲しかった。


 一度でいいから、撫でて欲しかった。


 だが、そんな願いが叶うことは一度もなかった。

 獣は存在そのものが忌まわしかった。

 そう生まれてきたから仕方がなかった。


 獣は世界を恨んだ。

 いるかわからない神を恨んだ。


 そして、諦めた。


 自分は悪としての役割を求められている。

 いずれ自分を殺す者が現れるその日まで、悪に徹しよう。

 悪を楽しもう。


 自分を悪にした「誰か」が後悔するほど悪であろう。






 ――しかし、どれだけ時間が経っても死ねなかった。






 今まで多くの人間が、魔族が自分を殺そうと立ち向かってきた。

 だが、誰一人としてまともに相手にならなかった。


 獣は強くなり過ぎてしまった。

 望まぬとも、悪を尽くした結果、強くなってしまったのだ。


 そして、今――ようやく死ねる。


 数年前、自分を追い詰めた勇者に期待していたが、まさかこれほどの聖属性を連れてきてくれるとは思わなかった。


 ありがとう。


 もう殺さなくていいのだ。

 もう悪であらなくていいのだ。

 もう生きていなくていいのだ。


 だけど、一度だけ、一度だけでいいから、嘘でもいいから。






「――ゆっくりおやすみ」






 青年は、静かに頭を撫でてくれた。

 誰もが恐れた獣の顔に、水面に映った姿を見た自分でも醜く恐ろしいと思った顔を撫でてくれた。


「もし生まれ変わることがあれば、今度は優しい道を歩めるといいね」


 そう青年は笑ってくれた。

 どこか悲しそうな、それでいて優しい笑顔だった。


 ――ありがとう。


 こんな化け物を撫でてくれて。

 こんな化け物に優しくしてくれて。

 こんな化け物に笑いかけてくれて。


 呪うことしかできなかった、醜い獣だが、死の間際に初めて願う。


 ――どうか、この優しい青年に祝福を。


 災厄の獣と呼ばれた化け物は、役目を終えた。

 許されないとわかっているが、満たされて死ねた。






 〜〜あとがき〜〜


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