99「獣の最期」②




「――やった!」


 獣の首が転がった。

 胴体も消えた。

 災厄の獣に勝ったのだ。

 その証拠に、獣から生まれたモンスターたちが塵になって消えていく。


「もう、限界、です」


 エンジーが倒れた。

 限界を超えて魔力を絞り出したエンジーは、よく最後まで立っていたと思う。

 レダも、限界が来てその場に膝をつく。


 エンジーに手を伸ばそうとしたが、目が霞む。


「おっと、お疲れさん」


 レダを支えてくれたのはテックスだった。


「……よく、ご無事で」

「そりゃお互い様さ。俺は身体がボロボロだし、レダとエンジーは魔力がすっかからかん。いいや、限界を超えて身体から血を流している分、お前さんたちの方が重症だろうな」


 テックスは刃の欠けた剣を杖代わりにしていたが、細身のレダを支える力はまだ残っているようだ。

 彼の手を借りて、立ち上がる。


「エンジー! 大丈夫か!」


 ルルウッドたちがエンジーに駆け寄り、抱き起こしてくれる。


「ルルウッド、シュシュリー、アメリア、ポールさん、みんなも無事でよかった」


 それぞれボロボロだが、お互いにヒールを掛け合ったのだろう。

 大きな怪我はしていない。

 だが、みんなの顔には疲労が浮かんでいる。


「レダ先生もご無事で何よりです。エンジーも少し見ない間に、立派になって。友として、誇りに思います」


 ルルウッドが、瞳を潤ませてエンジーを抱き抱える手に力を込めた。


「エンジーには本当に助けられたよ。もちろん、みんなにも。――こんな危険な戦いに駆けつけてくれてありがとう。みんなは命の恩人だ」


 テックスの肩を借りて、災厄の獣を前に立つナオミとノワールに近づく。


「ナオミ、ノワール」

「レダ……お疲れ様なのだ」

「まさか我々が災厄の獣を倒すことになるとは……長く生きていたが、ここまで驚いたことはない。だが――」


 ナオミとノワールは、戦意を解いているが、どこか怪訝な表情を浮かべている。

 災厄の獣を倒した喜びがないわけではないが、何か納得できていないような顔をしていた。


「どうしたの?」

「災厄の獣は……最期の最後で抵抗しなかったのだ」

「まるで死を望んでいたように見えた」


 レダは二人の言葉を聞き、何かを言おうとしてやめた。

 獣は人と同等かそれ以上の知性があると聞いている。

 会話こそできなかったが、獣は何か思うことがあったのかもしれない。

 だからといって獣に奪われた命は帰ってこないし、獣がしたことに憤りを覚えるのは変わらない。


 それでも、これから死ぬ獣にその怒りをぶつけるつもりはない。


「――まだ、生きているんだね」

「ああ、凄まじい生命力だ」


 獣の目とレダの目が合った。

 首だけになってまだ生きているのだ。

 しかし、もう命は消える寸前だと分かった。


 レダは、獣に足を近づけた。


「お、おい、レダ」

「危険はないと思います。せめて、真正面から戦った俺たちだけでも、看取ってあげましょう」


 甘いのだろう。

 わかっている。

 それでも、獣の目が、どこかすがるような、祈るような目をしていたのだ。


 レダは、もう力が残っていない手を獣の頭に手を置いた。


「――ゆっくりおやすみ」


 不思議と、獣が驚いたような気がした。

 不思議と今は、獣への恐怖も嫌悪もない。


「もし生まれ変わることがあれば、今度は優しい道を歩めるといいね」


 本当にそれだけを思う。

 人を食い恐怖を与えるだけだった獣が幸せだったとは思わない。

 獣にもし「次」があれば、少しでも優しさに触れてほしい。


 レダ・ディクソンは心からそう思った。


 そして、獣は目を閉じて、ゆっくりと塵となり風に舞った。






 〜〜あとがき〜〜

 災厄の獣編ももうすぐ終わりです。

 そろそろ王都編も始まりますので、お楽しみに!


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