89「災厄の戦い」③
「か、はっ」
災厄の獣の咆哮は、死に面した人間の絶叫のような声だった。
その叫びは、呪いのような歪な力を持ち、耳に届き鋭い頭痛を与えた。
それだけではない。
咆哮は、レダの身体に息を吸うことを忘れさせた。
「く、そ……あっ、が、がぁああああああああああああああああああ!」
気力を振り絞り、無理やり呼吸をする。
「はぁっ、はっ、はぁっ」
咆哮だけで、呼吸が止まるとは思わなかった。
油断したわけではない。
気を抜いたことなど一瞬もない。
それでも、一回の咆哮で死にかけた。
――これが災厄の獣か。
身震いしてしまう。
こんな化け物をどうやって倒すのか。
――否。どうやってでも倒すのだ。
「かはっ、か……はっ、はっ、は……」
「エンジー!」
レダの隣では、呼吸が止まり動けずにいるエンジーがいた。
慌てて、彼と目を合わせて、声をかける。
「エンジー、俺の目を見ろ。早く、そうだ。いいか、呼吸できる。恐怖で身体がこわばっているだけだ。ちゃんと息を吸えば、酸素が入ってくる。そうだ、そう、そう。いいぞ、その調子だ」
「はっ、はっ、はぁっ、はぁっ」
エンジーは呼吸を取り戻す。
彼は臆病ではない。
怯えながらも、一番危険な場所に立つことができる勇気ある青年だ。
無事に呼吸を取り戻した。
「レダ……先生、すみません」
「いや、いいんだ。正直、あれは怖い」
気の弱い者、老人や子供ならば心臓が止まっていたかもしれない。
むしろ、レダの心臓がよく持ってくれたと感謝している。
「エンジー、いけるか?」
「もちろんです。このくらいじゃ、折れません」
「よし!」
レダはエンジーの背中を叩き、立ち上がる。
エンジーも、少しよろけながら立ち上がるも、真っ直ぐに立った。
「ふたりとも、気をつけるのだ。奴の叫び声は、呪いだ」
「先に言って欲しかったな」
「死ぬかと思いましたよ」
「すまんのだ! ――でも、いけるのだ?」
「もちろん」
「もちろんです!」
剣を構えたナオミが先頭に立つ。
災厄の獣は、六つの目を彼女から動かさない。
「奴は私を警戒しているのだ。前に、痛い目に合わせたから、きっと復讐したいのだ」
「それは、なんというか」
「御愁傷様ですぅ」
「いちいちビビっていられないのだ! 私は、ガチコンで戦うのだ! レダとエンジーは私ごと殺す気で、バンバン聖属性の魔法を撃ってほしいのだ!」
聖属性の力を宿そうと、魔法は魔法だ。
ナオミに気にせず撃てば、彼女は間違いなく気づくだろう。
「傷物になったらレダに責任とってもらうので構わないのだ!」
「――わかった。死んじゃだめだよ?」
「もちろんなのだ!」
ナオミは、にかっ、と笑うと金色の光を纏い災厄の獣に突っ込む。
獣は咆哮し、ナオミを迎え撃った。
聖剣と、獣の鉤爪がぶつかる。
よほど硬い鉤爪なのだろう。
聖剣との間に火花を散らした。
「――いくよ、エンジー」
「はい!」
レダとエンジーは左右に駆ける。
ナオミが真正面から立ち向かうのならば、レダたちは左右から挟み打つ。
「――水の精霊ウンディーネよ! 我に力を与えたまえ!」
湖に近いことから、水の魔術を選択する。
「我が障害を切り裂け。――水刃乱舞!」
百を超える、水の刃が生まれ災厄の獣とナオミを囲んだ。
「聖なる力よ、光よ! 我が魔法に加護を与えたまえ! 我らの敵を屠る力を貸したまえ!」
内側から聖なる力が湧いてくるのがわかる。
レダを蒼い光が包んだ。
「全力でいくぞ! ナオミ、避けるか耐えるかしてくれ! 後先考えずに、攻撃する! 災厄の獣は、ここで潰す!」
さらに百、増えた水の刃が聖なる光を放ち災厄の獣に殺到した。
〜〜あとがき〜〜
戦いが始まりました。
しばし、見守ってください!
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