87「最悪の戦い」①
――奴。
ナオミが言う「奴」が何を指すのか、レダもエンジーも今さら問うことはしなかった。
だが、予定よりもあまりにも早い。
ナオミはさておき、レダとエンジーは聖属性の力こそ使えるようになったが、強弱ができないのだ。
――戦うにはあまりにも早い。
だからと言って、逃げる選択肢はなかった。
「……レダ、エンジー! 予定よりも早まってしまったが、お前たちは強いのだ! 私もいる! 三人ならば、災厄の獣を倒せるのだ!」
「…………そんな、もう」
エンジーが膝を震わす。
恐怖わかる。
得体の知れないものと戦うのだ。
怖くない方が嘘だ。
「――――あ」
最初に気づいたのは、エンジーだった。
彼は森の奥に、得体の知れないなにかを見つけた。
「あ、ああ、ああああああああああああああ!?」
一瞬で、恐怖にとらわれたエンジーは膝をつき、叫ぶ。
レダとナオミは、エンジーを落ち着かせることができる余裕などなかった。
――なぜなら、すでにそれはいたのだ。
ずるり。
ずる、ずるり。
なにかを引きずるような音がした。
重い物を無理やり動かそうとしている音だった。
レダの腕が無意識に震える。
本能が恐怖していた。
それは勇者ナオミでさえ同じだった。
震わせた手で聖剣の柄を固く握りしめている。
三人は、瞬きを忘れ、目を動かせずにいた。
震えが止まらない。
むしろ、大きくなっていく。
歯がカチカチと音を鳴らす。
レダは、今にも逃げ出したい衝動に駆られてしまう。
が、耐えた。
いや、違う。
逃げることさえできなかった。
恐怖によって身体が硬直していたのだ。
――そして、「それ」は現れた。
まるで闇と泥を身に纏ったような化け物だった。
巨体を引きずりながら、「それ」は真っ直ぐ向かってきた。
「――ひ」
エンジーが短い悲鳴を上げるが、これ以上声を出さないように必死で口を自らの手で押さえる。
呼吸よりも、声を出さないことを優先したのだ。
――それは、漆黒の獣だった。
闇色の泥に汚れた、獣だった。
今までに見たモンスターや魔獣とも違う。
四肢を地面に着き、重い身体を引きずるように歩く姿は、どこか怪我人を連想させた。
それでも、レダは治療しようなどと微塵も思わない。
むしろ、そのまま死んでくれ、とさえ願った。
――「それ」は獅子のようだった。
――否。狼のようだった。
――否、否、否。
――どの動物にも似ているようで、似ていない。
――ただの異形だった。
――「それ」が異形であると自慢するように、赤く光る六つの目がレダたちに向く。
そして、口が引き裂けんばかりに開かれ、唾液に塗れた牙が剥き出しとなった。
〜〜あとがき〜〜
災厄の獣と戦います!
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