85「災厄の獣来る」




 災厄の獣は、その巨体からは想像できない速度で走っていた。

 木々を薙ぎ倒し、草花を踏み荒らし、ただまっすぐに走り続けていた。



 ――見つけた。

 ――いる。



 上質な餌が、なぜかまとまっている。

 一番美味そうな餌だけ少し離れているが、些細な問題だ。

 上質な餌が三匹まとまっている奇跡に感謝し、味わってから、最上級の餌を味合おう。


 災厄の獣はよだれを撒き散らしながら、走る。


 途中で食事をやめたことで、空腹だ。

 もう空腹になってしまった。



 ――災厄の獣は、こんな身体を憎んだ。


 ――食べても食べても満足できない胃袋を呪った。


 ――食べれば快感を味わえることに感謝した。



 もう生まれた日のことを覚えていない。

 どのくらい生きているのかもわからない。


 わずかに残る記憶では、災厄の獣もただの獣だった。

 と、思う。


 確証はない。

 親という獣がいて、兄弟もいたはずだ。

 ふんわりとだけ、覚えている。


 唯一、鮮明に覚えているのは、



 ――そんな親と兄弟を食べてうまかったこと。



 思えば、一番うまかったのは家族だったのかもしれない。


 弱肉強食の世界だ。

 いずれ自分も強い獣に殺されるだろうと、覚悟はしていた。

 しかし、今も生きている。


 生きているのだ。


 ならば食べなければならない。

 生きるためには食べなければならないのだ。


 生きていれば腹が減る。

 喉が渇く。


 生物として当たり前のことだ。


 人間も魔族も、まるで自分を汚らわしい悪魔のように扱うが、それは間違っている。


 人間だって、魔族だって、牛や豚を食う。魚を食う。鳥を食う。モンスターでさえ食う。


 自分と何が違う。


 せいぜい、人間と魔族を食わないくらいにしか違いはない。


 食事量が多く、食っても飢えが癒えないだけ、自分のほうが不公平だと思う。


 災厄の獣は、人間や魔族と変わらない。

 食事は美味しく食べたい。

 気持ちよく食べたい。


 人間が器用に食材を調理するように、災厄の獣も恐怖を与えて蹂躙し、楽しんでから食べるだけ。

 違うから、間違っているなんてことはない。

 それは人間や魔族の意見でしかない。



 災厄の獣も、食材に感謝している。



 飢えに苦しんでいるからこそ、食べることができるありがたみを感じている。



 ――だから、今は我慢しているのだ。

 ――次の食材のために。

 ――希少な食材のために。

 ――感謝と祈りを込めて。






 ――いただきます。







 〜〜あとがき〜〜


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