76「エンジーの決断」⑤





 エンジーにとって、ミナは先輩であり年下のしっかりものの女の子だ。

 二十歳の青年が抱く感情ではないが、「お姉さん」と言いたい存在でもあった。


 過去はさておくとして、現代のエンジーは恵まれていると思っている。

 優しい街の人たち。

 厳しくも優しい尊敬する先生。

 暖かい先生の家族。

 面倒見のいい同期たち。

 そして、こっそり姉のように慕っている年下の少女――ミナがいた。


 ミナは、エンジーたちに「お父さんの一番弟子のミナ・ディクソンです!」と自己紹介した。

 きっと彼女は、慕う父を取られたくないのだ、なんてことを感じて微笑ましいと思っていた。


 しかし、実際、彼女は回復魔法をエンジーたちよりも上手く使った。

 エンジーは尊敬の念を抱き、「ミナ先輩」と呼ぶようになった。


 すると、気をよくしたのか、後輩として認識してくれたのか、ミナはなにかとエンジーの世話を焼いてくれた。

 まだ付き合いは一ヶ月に満たない短いが、ミナはエンジーの食事の世話、身だしなみなど「もっとしっかりしてね」と言うようになった。


 ちゃんと食べているのか心配され、気づけばお弁当を作ってくれるようになった。

 なぜかエルフの少年に勇者でも見るような目で見られた。


 掃除をするミナの手伝いをすると天使のような笑顔で「ありがとう」と言ってくれるのだ。

 手持ち無沙汰であったから手伝っただけなのに、屈託のない笑みを向けられてしまうと、また笑顔を向けてほしくて率先して手伝いをした。


 ミナ先輩の後輩として、恥じないようの勉強を頑張った。

 レダの話をきちんと聞き、人付き合いも頑張った。

 ありがたいことに、ミナは近所の人たちにエンジーのことを「可愛い後輩なんだよ!」と紹介してくれていたので、相手側から打ち解けてくれた。

 気が弱く、人が苦手のエンジーをありのまま受け入れてくれたのは、アムルスの人々の人柄もあるだろうが、ミナのおかげであるとも言えた。


 休憩時間に何気ない話をした。

 仕事終わりに笑い話をした。

 ミナの宿題を教えることもあった。


 エルフの少年が「――お前、すごいな」と握手を求めてきたが、よくわからず握手してしまった。


 アムルスに来てからのエンジーは、レダとミナ、そしてふたりの暖かな家族に支えられていた。

 もちろん、同期の存在も大事だ。

 生真面目なアメリア、元伯爵ながら穏やかで優しいドニーと、その奥方。

 ユーヴィンの街にいる、ルルウッドとシュシュリーのことも忘れていない。


 エンジーはアムルスが大事だった。

 そして、ミナのことも大事だった。





 ■





 路地から離れ、飲み屋の二階の個室にエンジーはいた。

 ここは商人や冒険者がちょっとした密談に使う個室だ。


「すみません、ナオミ様……混乱しましたが、落ち着きました」

「こっちこそすまないのだ。だけど――」

「いいんです。謝らないでください」


 ナオミは少し驚いた顔をした。

 無理もない。

 エンジーが落ち着き、はっきりした口調で話しているのだ。

 まるで先ほどまで混乱して失神しかけた青年とは別人だ。


「ここに連れてきてもらうまでいろいろなことを考えました。たくさんのことを思い浮かべました。その上で、先に居合わせてください」

「お、おう、なのだ」


 もうエンジーの決意は決まっていた。

 それ以外の選択肢は存在しなかった。





「――僕も災厄の獣と戦います。ミナ先輩を僕が絶対に守ります!」






 〜〜あとがき〜〜

 エンジーの気持ちを書かせていただきました。

 いろいろお察しください。


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