75「エンジーの決断」④






「え? ちょ、ま」


 エンジーの口からまともに声が出てこない。

 声を出す前の問題だ、心の中が混乱でぐちゃぐちゃになっている。


「レダには絶対に言ったら駄目なのだ」


 いえません! と、叫ぶ余裕さえ今のエンジーにはない。

 ばくっばくっ、と心臓が鳴る。

 喉が渇いた。

 しかし、今は水ではなく、強い酒を飲んで気絶するように眠りたい衝動のほうが強い。

 そして朝になったら「あ、夢か」と笑いたかった。


 ――だが、ナオミの顔はあまりにも真剣だ。

 ――嘘をついている雰囲気ではない。

 ――ましてはエンジーをからかっているなんてことは微塵も感じられなかった。


「言っておくのだが、ミナ本人にも、ルナ、ヴァレリー、ヒルデ、アストリットにも絶対に言ってはいけないのだ!」


 口をぱくぱくしながら、エンジーは心の中で「言えるわけがないでしょう!」と叫んでいた。


「一応言っておくのだが、領主のティーダも、ミナの母親であるディアンヌもまったく知らないのだ」

「…………」


 でしょうね! と叫びたいが、声が出てこない。


「もしかしたらディアンヌは気づいているかもしれないのであるが、知らないとしているのだから、私たちも絶対に言っては駄目なのだ」


 エンジーは心の中で「言いませんし、言えません!」と泣く。


 そして、ナオミが自分を前線に出したい理由がわかった。

 ミナが勇者を超えた聖属性の力を持っているのであれば、その力の使い方に期待する者もいる。

 アムルスの心優しい人たちがそんなことを考えないと信じているが、災厄の獣がどれだけの被害を出すのか不明だ。

 アムルス以外の、ミナやレダたちのことを知らない街を破壊したとして、被害者はどう行動するだろうか。


 家族を友を失った被害者は、幼いミナを相手でも「戦え!」と言うだろう。


 社会経験の浅いエンジーでさえ、安易に想像できる。

 口が裂けてもミナが聖属性を、それもレダとナオミを超えた力を持っているなどと、冗談でも誰かに言うなどという発想ができなかった。

 そんなことをしたら、災厄の獣とは違う騒動に発展するだろう。


 ミナに知らせるとしても、辺境伯以上の後ろ盾を、それこそ国王陛下のようなこの国では絶対的な権力を持つ者の後ろ盾を得てからではないと、おいそれと話題にもできない。


「…………ナオミ様、と、とりあえず、場所を変えましょう」

「聞かれないようにしているので問題ないのだが?」

「いえ、僕が倒れそうです」


 今にも泣きそうな顔でエンジーはそう言った。






 〜〜あとがき〜〜

 エンジーでなくても驚きます!


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