58「獣」②
元魔王であり黒猫のノワールは、冒険者ギルドの屋根にいた。
今夜は月が大きく、明るい。
元の身体であれば、月見酒を飲みたくなっていただろう。
「――魔王様」
「にゃーん」
ノワールの背後に控えるのは、魔王四天王のひとり、シェイプだった。
羊の角を頭部に、メリハリの肉体を持つ、二十歳ほどに見える魔族の女性だった。
「「あれ」が来ます」
「そうだな。「あれ」には随分と苦しめられた。私が魔導人形やらなにやら製作したのは、「あれ」にぶつけるためだ。魔族の被害を出さずに「あれ」を殺そうとして、失敗したがな」
「しばらく眠りについていたはずですが……」
「勇者ナオミ・ダニエルズが戦い、手傷を負わせたのだ。そのおかげでしばらく休眠時間だったのだろう」
「――勇者ナオミは「あれ」と戦い生きていたのですか!?」
シェイプの驚きに、ノワールは頷いた。
「正直なことを言うと、勇者ナオミには感謝している。彼女が「あれ」と戦ってくれたおかげで、魔族の被害が減った。もっとも、その勇者ナオミによって私は倒されたのだが……民に被害が出るよりよほどいい」
「……魔王様」
「すでに魔族たちは、私の存在がなくとも歩いていける。もう魔王はいらないと思っている。――だが、「あれ」に抵抗できる魔族が何人いる?」
「魔王様以外に「あれ」をどうこうできる者はいません。そもそも、「あれ」は災害と同じです。戦おうとするのも、抗おうとするのも、無駄です。そう教わってきましたし、実際にそういうものです」
違いない、とノワールは肯定する。
「あれ」は災厄だ。
台風や地震のように、生き物のことなど知ったことではないと勝手に起きては、傷跡を残す。
厄介なのは、「あれ」の傷跡は、自然災害よりも、大きく、鋭い。
一度、蹂躙されれば、最後だ。
「そもそも魔族には抵抗できる存在ではないのです」
「わかっている。なんせ「あれ」には魔術が効かないのだからな」
ノワールは、過去を馳せる。
彼が魔王になりたてのとき、自分は絶対的な強者であると信じて疑っていなかった。
調子に乗っていたのだ。
その結果、「あれ」に挑み、死にかけた。
この世界に生を受けて、はじめて――泣き喚き命乞いをした。
殺されなかったのは「あれ」の気まぐれかなにかだと思っている。
以来、関わるのをやめた。
幸いなことに、当時の「あれ」は人間を蹂躙することを好んでいたので、魔族に被害はなかった。
人間に飽きると魔族を襲い出すが、そういうものだと諦めていた。
「あれ」には魔術が効かない。
魔族はもちろん、人間が絶対的な手段として信頼している魔術が通じないのだ。
だが、例外がある。
「あれ」に唯一通じるのは、物理攻撃と、使い手がいなくなって等しい「聖」属性だけ。
「どうしたものか」
恐るべき存在が近くに来ていることへ、なにもできないノワールは、悲しげににゃーんと泣いた。
〜〜あとがき〜〜
コミック最新9巻が発売いたしました!
ぜひお読みいただけると嬉しいです! 何卒よろしくお願いいたします!
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