37「ドニー・ウェインという老人」②





 謝罪したモリソンは、気絶したレイニーを抱えて診療所を去っていった。

 嵐のような時間だったと思い、大きく息を吐くレダたちに、ディアンヌは謝罪した。


「レダ様、皆様、申し訳ございませんでした。まさかあそこまで無礼な態度を取る方とは思わず……」

「ディアンヌさん、気にしないでください。あなたが謝る必要はありません、顔をあげてください」


 レダが声をかけると、ディアンヌがゆっくり顔をあげる。

 この場には、ミナもいる。

 母が頭を下げている姿を見せたくない。


「……あー、びっくりした。教会の人間っていうけど、とても聖職者とは思えないわねぇ」


 ルナがミナの頭を撫でながら、感情を吐露した。

 ネクセンや治癒士たちも同じのようで、頷いている。


「申し訳ございません」

「あ、違うわぁ。別にディアンヌさんに文句があるわけじゃ……ていうか、仮にも聖女なんだからガツンと言ってやればよかったのに」

「……それができたらよかったのですが……実を言うと、聖女と呼ばれながら、わたくしは教会で力をもっていないのです」

「はぁ!?」


 ルナの驚きは、レダたちの驚きでもあった。

 だが、ドニーだけが苦笑いした。


「そう言ってやるでない、お嬢ちゃん。聖女殿は、教会の象徴であらせられる。だが、逆に言うと象徴でしかないのだよ」

「……私はあくまでも聖女です。聖女にまったく力がないとは言えませんが、それは教会の外の話です」

「あらぁ」


 ルナが目を丸くした。

 レダも同じだ。

 聖女の肩書を持つディアンヌの力がないというのは、なかなか理解し難い。


「わたくしは教会で育った一般人です。全ての方がそうとは言いませんが、上層部の方は血筋も良いのです。もちろん、司祭様をはじめ、わたくしの周囲にいる方々は良い方ばかりですが、あのような方が一定数いるのも事実です」

「し、しかし、権力がどうこうの以前の問題ではないですか? 教会の象徴というのなら、ディアンヌさんを邪険にしていいわけでは」

「……先程までわたくしも、彼らが『ああ』とは知りませんでした。いえ、権力に執着があることは存じていましたが、まさかレダ様を利用し王都に返り咲こうと考えているとは」

「どうやら先ほどの男は、虎視眈々と野心を育てていたようだな」

「ドニー様のおっしゃる通りです。わたくしは、アムルスでは教会、診療所、冒険者ギルド、領主様、そして皆様と協力関係を築くことがこの街のためになると信じていますが。彼らにもそのことは伝えていたのですが、野心を見抜けず申し訳ございません」


 ディアンヌは再び頭を下げた。

 レダが、また顔を上げてもらうように願う。


「教会が悪く思われるのはわしも心外なので補足させてもらうと、聖女どのに権力的な力がないわけではないのだよ」

「……え? しかし、今、ディアンヌさんが」


 戸惑い顔のレダに、ドニーが続ける。


「考えてみるとよい。聖女の名をもとに威張り散らす聖女様などみたくあるまい?」

「あー」

「過去にそういう聖女がおって、困ったことがあるのだよ。以来、聖女は権力を振るわず、中立であるように……と、まあ、決まりではないが聖女たちに代々続く暗黙のルールになっておるのだ」

「……お恥ずかしい話です」


 それでも、聖女を相手に無礼を働く者はまずいないらしい。

 先ほどの、モリアンたちのように傲慢な振る舞いをする者は、教会でも一部のようだ。


「ところでぇ、おじちゃんって何者ぉ? 回復ギルドの重鎮っていうのはわかっているんだけどぉ、どうして教会の人間がビビっちゃうことになるのぉ?」


 ルナの問いに、ドニーはにやり、と笑った。


「わしは、大司教と親友なのだよ!」






 〜〜あとがき〜〜

 ドニーさんはかなり大物です!


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