30「ギルド長の焦り」
「どうなっていやがる!」
ユーヴィン冒険者ギルド長ベニーは、部屋の机をひっくり返し、荒れに荒れていた。
荒れている理由は、ローデンヴァルト伯爵家の襲撃が失敗したことだ。
それだけではない。他にも、街を埋め尽くしていた使えない冒険者や生きているのか死んでいるのかわからない住民たちが、領主たちの手によって回収されてしまったことだ。
領主が現在開拓中のアムルスに、優れた治癒士がいることは聞いている。
だが、ベニーは治癒士が診療所を開き、町の人たちのために破格な治療費で働くなど思えないので、あくまでも噂程度でしかないと深く考えず追及もしていなかった。
しかし、もし本当に領主の手元に、治癒士らしからぬ治癒士がいて、ユーヴィンに蔓延っていた怪我人たちを治療してしまったら、と思うとゾッとする。
「くそっ、どいつもこいつも使えねえ!」
ベニーは自分が恨みを買っていることは承知していた。
同時に、それは逆恨みであることであると考えてもいた。
ダンジョンを見つけるという偉業を果たすには、犠牲はつきものだ。冒険者たちも、リスクを覚悟で挑んだはずだ。それを失敗したからとこちらを恨むのは筋違いだ。
ベニーは、使えなくなった冒険者を商人に売り払っていたことを棚に上げて、勝手なことを思う。
「……今度こそ、襲撃に成功すればいいんだが」
現在、ベニーに従っている冒険者の中から、それなりの手練れを送り込んだ。しかし、その冒険者たちも、テックスとボンボによってすでに返り討ちにあっていることは知らない。
「ギルド長。ご報告です」
「……なんだ。朗報なんだろうな?」
秘書官のエミリアがノックもなしに現れたことに苛立ちを強くするが、報告を聞かなければ今後の動きもできないので堪える。
「残念ですが、ギルド長が送り込んだ冒険者は返り討ちになりました」
「倒されやがったのか!」
「……殺されました」
「全員がか!?」
「はい」
ベニーは、領主が本気でこちらと敵対すると決めたのだと理解した。
領主が最低限の人数でユーヴィンに入ったことは承知しているため、さほど戦力な持っていないだろう。
だからこそ殺してしまい、この街を本格的に乗っ取ろうと考えてしまった。
貴族殺しの罪は思いが、ダンジョンを見つけさえすれば、その功績から許されると考えてもいた。
実を言うと、ローデンヴァルト辺境伯を快く思わない貴族と渡はつけてあるので、ダンジョン発見の功績さえあれば庇ってもらえる手筈になっている。ただし、ダンジョンで今後入ってくる金はそれなりに流すことを約束させられているが。
「ギルド長」
「なんだ、まだあるのか!」
「はい。とても重要なことです」
「なに?」
「――勇者ナオミ・ダニエルズ様がいらっしゃいました」
ベニーは目を見開くと同時に笑みを浮かべた。
魔王を倒した勇者の名は有名だ。
冒険者でもあるようで各地を転々としているようだが、まさかユーヴィンに来るとは思わなかった。しかも、このタイミングで、だ。
「俺にもまだツキが残っているようだ。勇者殿をお通ししろ! 利用させてもらう!」
ベニーは知らなかった。
勇者ナオミ・ダニエルズが、アムルスで暮らしていること。
診療所を任せられているレダ・ディクソンの家族であることを。
残念ながら、ベニーは勇者の敵だった。
〜〜あとがき〜〜
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