52「レダの家族」①




 レダ・ディクソンの日々は幸せの連続だった。

 一度は、冒険者として失敗した過去もあったが、振り返ればいい思い出だ。

 残念な別れ方をしてしまった仲間もいたが、最初からずっと悪い奴だったわけではない。レダの胸の中には、亡き仲間のよい思い出も宿っている。


「でも、まさか俺が結婚するなんてなぁ。しかも、奥さんが四人って、貴族か、って思うよね」


 アムルスに来てから怖いほど順調だった。

 娘のミナも元気に育ち、魔法の勉強も力を入れている。子供なんだから友達と遊べばいいのに「お父さんと一緒に頑張るの!」と診療所の手伝いまでしてくれる。

 そんなミナの母ディアンヌも、診療所を積極的に手伝ってくれるので、最近では遠方から患者が来るほどだ。

 レダは、ディアンヌから秘術を教わり、一部の病気であれば「治療」できる魔法を習得していた。

 そんな簡単に秘術を教えていいのかと困惑するレダに、「レダ様は特別ですから」と言ってくれたのだが、果たしていいやら悪いやら。

 だが、そのおかげで助けることができる人も増えたことに、感謝ばかりだ。


「患者が少ないほうがいいんだけど、こればっかりはなんともならないからね」


 世界にはモンスターがいて、人々を守るために戦う人たちがいる。

 怪我など日常的だった。


「患者といえば、最近はルナとエルザもよく傷を作ってくるんだよね」


 レダの妻のひとりであるルナ・ディクソンと、彼女の母エルザは、普段はそれぞれ診療所と商館の護衛という仕事があるが、休みの日になると家族の語らいと称して町の外にモンスターを狩りにいくのだ。

 ルナとエルザの実力の心配はしていないが、妻が戦っていると思うと冷や冷やしてしまう。

 いつも元気で帰ってきてくれるし、アムルス周辺でふたりが敵わないモンスターはいないのだが、やはり夫としては不安だった。


 そして、ヒルデは本格的にアムルスと交流を始めたエルフの集落の仲介人として忙しい日々を送り、領主の妹であるヴァレリーも手伝いをしている。

 ふたりもとレダと結婚した大切な妻だが、最近は忙しくてなかなか時間が取れないのが少し寂しい。


 王女アストリットもレダと結婚した。

 王女と平民が、と思うが、陛下はその辺りを気にしなかった。

 もともと訳あり王女様だったので、権力を求める輩が近づくことを考えると、レダに任せた方が安心だと言ってくれた。

 ただ、シスコン王子ウェルハルトが「近々ご挨拶に伺います」と手紙を寄越したので、間違いなく来るだろう。そして一波乱あると覚悟している。


 そして、勇者ナオミはレダへの夜這いに失敗したあと、気まずそうというか、恥ずかしいようで、なかなか目を合わせない。

 そんなナオミをよせばいいのに元魔王の黒猫ノワールが茶化すのでお仕置きされて、失禁する光景が日常になりつつあった。

 レダには詳しいことはわからないが、最近、なにやら勇者と元魔王がなにかひそひそと話をしている。

 詮索する気はないが、揉め事にならないことを祈る。


 他にも、従業員のネクセンは奥さんと義母と良好だし、ユーリは聖女の扱う回復魔法に興味津々だ。ふたりとも治療士として、一段階、いや、二段階ほど実力をあげたようだ。

 そのおかげで、ふたりを引き抜こうとする街や国があるのだが、ネクセンとユーリはアムルスから離れるつもりはないようだ。


 王都にいる回復ギルドのトップに君臨したアマンダから手紙だ届き、良くも悪くも名前が有名になっているレダたちをよく思わない治癒士もいるらしいので用心するようにと助言をもらった。

 領主のティーダは、レダたちを害する、またはアムルスから引き抜こうとする人間に容赦する気はないようで、一流冒険者であり共通の友人のテックスを診療所の護衛につけてくれた。


 結婚しても、慌ただしくも充実した日々が一ヶ月続いたこの日、


「さて、そろそろ休憩は終わりだから、戻ろうかな。冒険者のみんなも戻ってくる時間だし」


 診療所の裏手でベンチに座って休憩していたレダが背を伸ばしたその時、


「お父さん!」

「ミナ?」


 愛娘が小走りでやってきた。

 なにやら慌てている気がする。


「どうしたの?」


 レダが問いかけると、ミナははしゃいだ様子で告げた。


「お客さんだよ!」

「お客さん?」


 誰だろうと、首を傾げるレダに、


「久しぶりねー、レダ」


 聞き覚えのある、いいや、忘れることのできない声が名を呼んだ。

 振り返ると、そこにはレダの思い浮かべた人物がいた。


「――お母さん」

「こらっ、お姉ちゃんって呼びなさいよ!」


 レダにとって大切な家族であり、育ての親――フィナ・ディクソンが、数年前と変わらぬ姿で手を振っていた。




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