37「ルナの本気」①
「うふふ、パパったらあたしを喜ばす天才ね」
腕を絡めさせて、頬擦りしてくるルナにレダはどうするべきか悩む。
(――うん?)
そんなレダに、複数の視線が刺さるのを感じ、周囲を見渡すと、複数の少年、青年が嫉妬に満ちた眼差しでこちらをみていた。
(――ああ、そっか。ルナが目当てだったんだなぁ)
男たちの心情は容易に理解できた。
自分のような冴えないおっさんが、若く可愛らしい少女に言い寄られているのを見て、面白いと思えないのだろう。
とくに、ルナとお見合いパーティーをきっかけにお近づきになりたかった男には、特にだ。
(……贔屓目抜きにして美少女だもんなぁ)
ルナは言うまでもなく美少女だ。
月のように輝く銀髪と、細くしなやかな褐色の肢体、かわいらしく整った人形のような容姿は、大人のレダから見ても息を飲むほどだ。
猫のようなちょっと険のある瞳は愛嬌があり、ぷっくりした唇は少女と思えないほど色気を感じる。
砂漠の民を母に持つルナの褐色の肌は珍しく、独自の色気を放っている。
こんな少女がお見合いパーティーに出ているのだ、お近づきになりたいのが男心だ。
そもそも、ルナは男に人気がある。
学校に通わず、普段も診療所を手伝っているので、あまり接点はないのだが、彼女は有名だった。
怪我をした男性が、診療所でルナに優しくされて惚れてしまう、ということも珍しくないらしい。
ただ、ルナが有名なのは、レダにぞっこんであるからだ。
「パパ」と呼ぶ、ひとまわり歳の離れた男に、アタックを繰り返すルナを知らない人間はアムルスにはいない。
女性は応援し、男性はレダを羨ましがる。今まではその程度だった。
しかし、お見合いパーティーへの参加で、もしかしたらチャンスがあるんじゃないか、と意気込む男たちがいるのだ。
「パパったらあたしのこと考えてるでしょ」
「……よくお見通しで」
「ふふっ、パパのことならなんだってわかるんだからぁ」
艶のある声で、そんなことを言うルナに視線が集まる。
きっとルナも自分が見られていることを知っているはずだ。知っていて、わざとこうなのだ。
「ねぇ、パパ。立ちっぱなしって言うのもなんだから、向こうでゆっくり将来について語り合いましょう」
「あの、ルナさん。それはお見合いパーティーじゃない気が」
「いいから、いいから。細かいこと気にしないのぉ」
レダが言われるがまま椅子に座ると、ルナが対面するように椅子に腰を下ろす。
普段と違う格好をしているだけで、新鮮さがあった。
「ねえ、パパ」
「うん?」
「覚えてる? はじめて会ったときのことを?」
「もちろんだよ」
忘れられるはずがない。
今は存在しない裏組織に囚われていたルナはミナを連れ戻そうとしていた。
ルナとレダの出会いは決していいものではなかった。
ルナはレダを殺そうとしたし、レダもミナを守るために戦った。
だが、そんな出会いをして、こんな幸せな家族になることができるとは、そのときの自分では決して思わなかっただろう。
「ねえ、パパ。あたしね、ミナを助けてくれたのがパパでよかったって思ってるわぁ。そのおかげで、あたしもパパに出会えたんだから」
「そうだね」
「あれって、運命の出会いだったと思うの」
「俺もそう思うよ」
「ふふっ、ちょっと殺伐としていたけどね」
「それもいい思い出だよ」
ふたりは、まだ一年も経っていないことを、過去のように笑う。
「あのときのあたしは、追い詰められていたし、馬鹿だったわぁ。ミナにひどいことするところだったし……パパがいなかったらって思うとゾッとする。ときどき、今が夢なんじゃないかって、怖くなる時があるの」
「大丈夫、ちゃんと現実だよ」
わずかに震えるルナの手を、レダはそっと握った。
「いつだってパパはこうしてくれるもんね。そんなパパだからこそ、好きになったの」
少女の真っ直ぐな気持ちに、レダは頷いた。
「あー、もうっ、いろいろお見合いパーティーで作戦を考えていたんだけどぉ、パパの顔を見てたらそれどころじゃなくなっちゃった。やっぱり女は度胸よね。うん、ちまちましたことは性に合わないから、もうこのまま言うわね!」
「あ、はい」
勢いよく立ち上がったルナは、レダを真っ直ぐ見た。
そして、褐色の頬を赤く染めて、薄い唇を開いた。
「レダ・ディクソンさん、愛しています。結婚してください!」
直球勝負にきたのだった。
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