31「領主の心配」③
「そんなことはさせないよ」
「なに?」
戦力としてナオミを使うように言ったノワールに、レダははっきりと告げた。
「ナオミは家族だ。彼女だけにそんなことはさせたくない」
「だが、彼女は勇者だぞ」
「勇者であっても、だ。あの子は俺の、俺たちの大切な家族だ。そんな彼女をまるで、暗殺者のように送り込むなんてことは絶対に許さない」
「ほう。だが、ナオミ・ダニエルズは強者を求め、自らの力を振るうことを是としている。彼女なら喜んで戦うのではないか?」
「あの子は確かに強者を求めているし、自分の全力を使う場所を求めているけど、それならとっくにアムルスを出ているよ。あの子が全力を出すような相手は、この町にいないからね。でも、ナオミはこの町にいる。俺の家族でいてくれる。つまり、あの子も変わったんだ」
出会ったばかりのナオミは、天真爛漫でありながら戦うことを第一に求めるような人間だった。
そもそもアムルスに来た理由も、ルナという強者と戦いたいからと言う、ひどくざっくりとした理由だった。
魔王との戦いでも満足できなかった彼女が、ルナと戦って満足できるはずがない。それをわかっていながらナオミはアムルスまでわざわざやってきた。
結果として、ルナではなくレダが戦い、興味を持たせた。以来、ナオミはこの町で暮らし、冒険者として、町の守護者として多くの人々に慕われている。
彼女はその生活を、嫌だとも退屈だとも言ったことがない。
もしかしたら、彼女が求めていたのは全力を出す場所ではなく、自分をありのまま受け入れてくれる場所だったのかもしれないと思うようになった。
「あの勇者が、まるで一般人のように……変わるものかな?」
「変わるさ。君が、魔王から俺たちの家族になったみたいに、勇者だって変われるんだと思う」
「甘いな」
「甘くてもいいよ。そもそも、戦争なんて、したい奴だけがすればいい」
「甘いが、そういう考えは嫌いではない」
にぃ、と子猫が口を吊り上げた。
「私も、ご主人に害がなければそれで構わない。魔王領の現在が気にならないといったら嘘になるが、もう私には過去のことだ。長年導いてきたのだ、間違った方向に今の魔族が進んでいるのなら……残念ながら私の示した道が間違っていたと言うことになるだけだ」
「その場合は?」
「勇者ナオミが立ち上がらずとも、人間の中から魔族に立ち向かう者が出てくるだる。いつの時代も、そういう風にできている」
「どういう意味かわからないな」
「要は、勇者が戦わないなら、勇者以外の力を持つ人間が放っておいても立ち上がって戦うということだ」
「そういうものなのかな?」
「そういうものなのだよ。――世界とはそういう風にできているのだから」
ノワールの言葉は難しいが、ナオミが今の生活を捨ててまで戦わなくていいのならそれでもいい。
レダは、ほっとしつつ、ウイスキーを口に含む。
琥珀色の液体は、口の中に豊潤な香りと甘さを広げてくれた。
ノワールも皿のウイスキーをなめとり、美味しいとばかりに鳴いた。
「まあ、それほど心配せぬともよい。隠居した身ではあるが、主人の故郷が魔族に滅ぼされては目覚めが悪い。古い友に連絡をとってみよう」
「いいの?」
「正直に言うと、もう魔族と関わるつもりはなかった。だが、私を、元魔王の私を家族だと言ってくれるような、甘くも優しい君たちのために私もできることをしよう」
「――ありがとう」
元魔王の協力は心強い。
彼の協力に感謝して、レダはグラスを掲げて、ノワールの晩酌を続けるのだった。
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