30「領主の心配」②




「という、話をしたんだけど心当たりはないかな?」

「ふむ。私の後継者は残念ながらいないが、魔王不在のままではいるまい。もしかしたらすでに新しい魔王がいるのかもしれぬ」


 深夜、ウイスキーを飲みながら自室でノワールと一緒に話をしていた。

 机の上に座るノワールの前には小皿があり、その中には少量のウイスキーが注がれている。

 どうやら彼は猫だがお酒を嗜めるようだ。


「やっぱり、そうだよね」

「いくつか思い当たる人材はいるが、だが、人間との戦争に積極的な者たちではないはずなのだがな」

「そうなの?」

「うむ。勇者がいるのだ、無駄に争わないほうがいい。私が魔王をしているときも、勇者がいる時代は大人しくしていたのだよ」

「どうして?」

「勇者とは言えど人間だ。時間が経てば、老いるであろうし、いずれ死ぬ。対し、我々魔族は寿命が人より長いのだ。あえて戦わない選択を取るのもひとつの手段なのだよ」


 もっとも、とノワールは尻尾を揺らす。


「勇者ナオミのように、その持て余した力を使う場所を求めて挑んでくる者もいるので油断はできないがね」

「そういうものなんだ」

「そういうものだよ。そもそも魔族も長い間、人間との戦いに時間を費やしたせいで疲弊している。正直に言おう。もう戦いは嫌になっている」


 レダはグラス片手に目を見開いた。

 まさか元魔王の口から、「戦いが嫌だ」と聞かされることになるとは思わなかったのだ。


「驚いたかな? だが、我々魔族も心があり、感情がある。戦えば家族や友人を失い悲しいし、辛い。戦争をして被害が皆無ということはあり得ないだろう。ゆえに、もううんざりだという声が多いのだ」

「じゃあ、君は」

「戦争を終わらせようとはしていた。ただ、人間の国は多い。魔族のようにひとつに纏まっていない。それゆえ、ひとつの国と和平を結んでも、人間全てと戦いが終わるわけではないのだ。そして、厄介なことに教会は、和平を望んでいない。むしろ、魔族と共存するのをよしと思っていなかった。そこで、勇者ナオミが我が元に送り込まれてきたというのもある」


 教会が魔族との共存を望んでいないことはレダも知っていた。

 ディアンヌのように、思考が柔らかく平和的な人間はあまり教会にはいない。

 教会は平和を理想として掲げているが、その平和の中に魔族の居場所がないのだ。


「俺はずっと冒険者だったから戦争には関わっていなかったんだけど、ここではない国が魔族と戦っていることは耳にしていたよ」

「残念ではあるが、魔族の滅びを願うような国とは相容れない以上、戦うしかないのだ」

「嫌だね、戦争は」

「その通りだ。好むものはいまい」


 話が暗くなってしまった。

 レダはグラスのウイスキーを飲み干し、注ぎ直す。

 琥珀色の液体がグラスの中で揺れすのを眺めながら、元魔王に問うた。


「もし、ノワールの次の魔王が戦争を望んでいたらどうなるのかな?」

「大抵は従うだろう。だが、幹部たちは反対してくれる、はずだ」

「あのさ、こういうことを言いたくはなかったんだけど、君の敵討ちをしようと考えているとかはないよね」

「――――可能性はある」

「やっぱり」

「私にも忠臣はいた。もし、彼らが勇者に倒された私の仇を取ろうと、人間との共存を願うことをやめてしまう可能性もないわけではない。であれば」

「あれば?」

「私は一度、仲間のもとに戻らねばならないのかもしれないな」


 レダは、それをいいとも悪いとも言えなかった。

 酒の席での仮定の話をしているだけにすぎない。

 もし、本当に魔族が人間と徹底抗戦を決めたのなら大問題ではあるが、残念なことにレダにできることはない。

 治癒士として戦場に赴くことはできるだろうが、家族がついてきてしまう可能性がある。


 レダはお人好しではあるが、聖人君子ではない。

 家族を危険に晒してまで誰かを癒したいという志はないのだ。

 レダにとっての一番は、家族だ。


「あまり暗い顔をすることはない。最悪の場合、勇者ナオミを送ればいい。新たな魔王がいたとしても、私同様に、手も足も出ずに敗北するだろう」




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