29「領主の心配」①




 魔王が家族に加わったからといって、ディクソン家の生活はあまりかわらなかった。

 診療所は相変わらず賑わい、レダは大忙しだ。

 ルナ、ヒルデ、ヴァレリー、アストリット、そして聖女ディアンヌも毎日アムルスの人たちのために働いている。

 ミナも治癒士になるため勉強を頑張っていて、その傍らには元魔王の子猫ノワールが付き従っている。

 勇者ナオミはこの町一番の冒険者として日々引っ張りだこだ。

 まだアムルスで生活をはじめて一年も経っていないというのに、レダたちはこの町に欠かせない存在となっていた。


 そんなレダのもとを久しぶりに、領主のティーダ・アムルス・ローデンヴァルト辺境伯が訪ねてきた。

 なんでも相談があるらしいというので、短い昼休みを利用して、診察しつで椅子に座って向き合っていた。


「それで、相談とはなんでしょうか?」

「――最近、モンスターの数が増えているとは思わないかい?」

「モンスターの数が、ですか?」

「ああ」

「……そうですね。確かに怪我人が増えてきた気がしないでもありませんけど。なにかありましたか?」

「冒険者たち、主にテックスを介して報告を受けているんだが、アムルス周辺で今までいなかったモンスターが確認されているようだ」

「それは、一大事ですよね?」

「その通りだ」


 基本的に、モンスターにもざっくりとだが縄張りというものが存在している。

 その縄張りの中で弱肉強食があり、良くも悪くもバランスが取れているのだ。

 もちろん、その中に人間も含まれている。


 しかし、他の土地から見知らぬモンスターが現れると、そのバランスが崩れてしまう。

 結果、人間たちにも被害がでるようになるのだ。

 例えば、バランスが崩れたせいで食うに困ったモンスターや、今まで動物を捕食していたモンスターが、人間を襲うようになることだってある。

 モンスターだが害がないと判断されていたモンスターが、有害となるのだ。


 それを対処するのが冒険者たちだ。

 だが、最善は、やはりバランスを崩さないように外部からやってきたモンスターを駆逐するのがいい。


「どうやら、別の縄張りで変化があったようで、住処を奪われたモンスターが新天地を求めてアムルスにも流れてくるようだ。現在、勇者ナオミをはじめとする冒険者たちの活躍でなんとかなっているが、このままでは困る」

「そうですね。確かに、問題ですね。それで、俺に相談とは?」

「ミナが拾ってきた子猫が元魔王だという報告は聞いている。それについて、まあ、問題だが、問題にするつもりはない。少なくとも、勇者ナオミがいる以上、万が一ということはないだろう。それに、元魔王もなにかするつもりはないと聞いている」

「心配はないと思います」

「その元魔王に聞いて欲しい。もしやとは思うが、次の魔王が人間側に何かしようとする可能性があるかどうかを。ある意味、隠居中の魔王を巻き込みたくはないのだが、聞いておかなければならない」


 レダは詳しくないが、ノワールが魔王だったころは、良くも悪くも人間と魔族、そしてモンスターのバランスが取れていたようだ。

 とはいえ、争っていたのは事実なので、双方に被害は出ていた。

 ときには、魔族によって大きな襲撃もあったし、モンスターたちが使役されて街が壊滅したこともあった。

 ティーダは、その前触れがこのアムルス周辺で起きているのではないかと考えているようだ。


「大袈裟ならそれでいい。しかし、どこかでモンスターたちの動きが活発になっているように思える。元魔王殿に心当たりがあるのであれば、教えていただきたいのだ。アムルスも最低限の防衛をしなければならない」

「そうですね、聞いてみます」

「感謝するよ、レダ」



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