28「魔王と勇者」②
「や、やあ、ナオミおかえり」
「ただいまなのだ! 疲れてはいないけど、やっぱりベッドが恋しかったのだ」
元気よく家の中に入ってくるナオミに、一同は緊張する。
とくにノワールは、小さな体をプルプルと震わせながら失禁中だ。
「――うん?」
「ど、どうかしたのかな?」
「どこか懐かしい気配がするのだ。うーん、どこかで感じた魔力というか、なんだろう」
(えっと、もしかして魔王に気付いている? 頼むから家の中でいきなり戦闘とか勘弁してくれよ。こうなったら、こっちから打ち明けるべきじゃないかな)
ふ、と魔王を見ると泣きそうな顔をで首を振っている。
まだ心の準備ができていないようだ。
しかし、
「あーっ! この感じ、弱々魔王なのだ! あの弱々魔王が近くにいる気がするのだ!」
「誰が弱々魔王だ! 歴代最強と謳われた私によくもそのような無礼を! お前が強すぎるだけだ!」
「あ、おい!」
よほど弱々魔王などとナオミに言われたのが悔しかったのだろう。
反射的に魔王が叫んでしまった。
レダが止めるがもう遅い。
ナオミの視線が、子猫に動いた。
「し、しまった、つい弱々魔王などという幼稚な呼び方をされてしまったせいで……プライドの高いゆえ我慢ができなかった」
「プライドの高い奴は二回も失禁しないと思うけどぉ」
後悔する魔王に、ルナが突っ込む。
「お、おおっ!? おー! 魔王なのだ! なんか猫になってるけど、弱々魔王ではないか! 久しぶりだな! 生きていたのか!?」
「お前にきっちり殺されたわ! 子猫の姿になったのは奇跡的なものだ!」
「うんうん、嬉しいぞ。私が本気を出して死なかったのは、お前が初めてだ。くふふ、再戦といくのだ!」
「――勘弁してください」
魔王とわかった途端、嬉しそうにナオミが再戦を希望したが、子猫は深々と頭を下げて懇願した。
続いて、テーブルの上でお腹を上にして、降伏のポーズまでとって「にゃーん」と鳴く。
もう魔王としての威厳はどこにもなかった。
「だっさ」
小さくルナが呟くが、魔王はスルーした。
彼はあくまでも降伏に徹しているのだ。
「えぇー、戦いたいのだ!」
「か、勘弁してください。なにをされたのかわからないのに、もう一度戦うなんて怖いこと我にはできない!」
「……えー」
「こら、ナオミ。嫌がっているんだからやめなさい」
あまりにも威厳のない魔王を見かねたレダが助け舟を出す。
それ以上に、家ではもちろん、アムルス内で戦われたら一大事だ。
ナオミが強いことは知っているが、本当の強さまでは見たことがない。
そんな未知数な彼女が、これまた未知数の魔王と戦うなど、御控え願いたかった。
「ぶー、いいではないか!」
「だーめーでーす! 万が一、この町になにかあったら責任取れないだろう?」
「うぅー、じゃあ、やめるのだ。戦いは好きだけど、この町はもっと好きだから我慢するのだ!」
「よしよし、いい子だ」
「うむ! 私はいい子なのだ! そんないい子は朝ご飯がほしいのだ! お腹が減っているのでたくさん食べたい!」
魔王と戦うことよりも、町と平穏を選んでくれたナオミの頭を撫でると、彼女は空腹を訴えた。
「はいはい、じゃ、用意するから待っててねぇ」
ルナがエプロンをつけて、ナオミの分の食事の準備を始めてくれる。
「……私は助かったのだろうか?」
「よかったね、ノワール。みんなで仲良しだよ」
再戦をせずに済んだ魔王は、ミナに抱えられて背中を撫でられていた。
少なくとも今日この場で勇者と魔王の再戦が行われることはなさそうだ。
ノワールだけではなく、レダたちも大きく安堵の息を吐き出すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます