27「魔王と勇者」①
「ふぅん。魔王が猫ねぇ。ていうか、勇者にビビって失禁とか、本当に魔王なのぉ?」
「――っ、いくらご主人の姉上とはいえ、私を侮辱するとは許せぬ! ベッドに粗相してやろう!」
「やめてよね!」
ミナが拾ってきた黒猫ノワールが、元魔王だったことが発覚した翌日、ディクソン家では彼の存在をすんなり受け入れていた。
家族曰く、勇者がいるんだから魔王がいて当たり前とのこと。
「うわぁ、猫ちゃん喋るんだね!」
と、喜ぶミナだけは魔王という存在をよくわかっていないのかも知れないが、ルナやヒルデをはじめとした面々は特に反対もなく受け入れてしまった。
ただ、聖女ディアンヌだけが、魔王を邪悪な存在として教え込まれていたこともあり、困惑していた。
だが、勇者ナオミがいるから最悪何とかなる、と半ば思考を放棄する形で魔王の存在をよしとしてしまった。
ルナなど、ナオミに瞬殺された魔王を小馬鹿にして喧嘩を始めてしまうほど余裕を見せていた。
子猫が魔王だった事実に、驚いたのはレダだけだったらしい。
今は、みんな揃って朝食をとっている。
「ところで、主人の父上よ」
「レダでいいよ」
「では、レダ殿。そのだな、別に怖がっているわけではないが、勇者ナオミにも私のことを説明するつもりだろうか?」
「しとかないとまずくないかな?」
「う、うむ、しかし、魔王だとバレて、また訳のわからぬうちに殺されてしまうのは避けたい。私は全力で猫としていきる覚悟はできている」
「魔王がそれでいいのかしらぁ」
よほどナオミが怖いのだろう。
魔王はあくまでも子猫ノワールに徹したいようだ。
レダは、かつてナオミと戦ったことはあるものの、全力じゃなかったこともあり、また彼女がいい子だと知っているため、脅威に思ったことはない。
だが、命のやりとりをした魔王からすれば、恐ろしい存在なのだと言うことは理解できる。
だが、今更、彼女が魔王を見つけ次第排除、という行動はないだろうとも考えていた。
「俺は隠さないほうがいいと思うけど」
「勇者ナオミの怖さを知らぬからそう言えるのだよ。彼女に我が魔王軍は散々な目に遭ったのだ」
「なあ、魔王よ。お前の正体をナオミに伝える伝えないも問題なのかも知れないが、私はそれよりも気になることがある」
「どうした、エルフの少女よ」
「お前は、魔王軍や国を放置してよいのか?」
ヒルデの疑問はもっともだった。
魔王といえば一国の王だ。
人間の国の辺境にある町で、子猫ライフを送っていいものか悩ましい。
「構わぬ」
みんなの視線が集まる中、魔王は言葉短く言った。
「え? いいの?」
「いや、あまりよくないのだろうが、私は魔王としての義務は果たした。国を治め、統治し、勇者とも戦い、そして死んだ。もう引退しても構わないだろう」
「気持ちはわかるけど、うーん、それでいいのかなって思っちゃうよなぁ」
レダとしては、答えが見つからず困惑するばかりだ。
ひとりの人間としては気持ちは理解できる。
散々働いてきたのだから、もう引退したのだろう。
しかし、レダの記憶が確かなら、魔王は魔王たるべきものでなければ、なれないと聞いている。
そんな魔王が不在となった魔王軍たちを、人間ながら心配してしまった。
「転生してから約千年。チートはしたが、ハーレムもなにもできず、いまだ未経験。そろそろ休みたい。というか、休ませてほしい」
「チート?」
「あ、いや、こちらの話だ。つまり、私としては、すべきことはしてきた。国にも民にも尽くしてきた。なので、これからはかわいい子猫ライフをするのだ!」
椅子の上に立ち、そう宣言する魔王。
「あたしはべつに構わないけどぉ。魔王軍とかどうでもいいしぃ」
「私も、魔王が決めたことなら文句は言わん。害もなさそうだしな」
「わたしもノワールが家族になってくれたら嬉しいな!」
娘たちは、魔王を改めて受け入れたようだ。
そうなれば、レダも細かいことは気にせず、彼を家族として受け入れようと思う。
「とはいえ、我がセカンドライフが勇者ナオミによって壊されるのはごめんだ。ここは、やはりにゃんことして媚び諂うのが最善だと思うのだが」
「――魔王が媚び諂っちゃうんだ」
「魔王でも怖いものは怖いのだよ」
魔王は頑なにナオミに正体を告げることを恐れているようだ。
「まあ、ナオミが仕事から帰ってくるまでまだ数日あるから、それまでの間に覚悟するなり、本気で猫に徹するか決めればいいな」
「うむ。すまぬがそうしてほしい。打ち明けるにも勇気がいる」
とりあえず、話はここまでとした。
レダも仕事があるし、ミナだって学校だ。
朝食を終えて、当番が片付けを始める。
その時だった。
「――ただいまなのだー!」
元気いっぱいにナオミが現れた。
「思ったより敵が雑魚かったので、無双してきたのだ!」
不意打ちのように帰宅したナオミに、
「――っっっ!?」
子猫な魔王は失禁した。
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