25「ミナと黒猫」②
「お父さん! 猫さん飼いたい!」
「え? 猫?」
レダが、診療所の裏で小休憩を取っていると、ミナが黒い子猫を抱き抱えて鼻息荒く走ってきた。
(ミナが、こうやってお願いごとするのって珍しいな。別に、猫ぐらい……ん?)
「だめ?」
「別に構わないけど、今、この猫から魔力が」
「にゃぁぁん」
「いや、そんなわけないか。気のせいだな」
艶やかな毛並みの黒猫から魔力を感じたので観察するも、気のせいだったのか再び感じることはなかった。
動物が魔力を持つことは別に珍しいわけではないが、子猫が、となるとあまり見たことがない。
「いいと思うよ。俺も昔、子犬を飼っていたんだ」
「そうなの?」
「うん。だけど、成長したら俺よりも大きくなってね。実は狼でしたってことがあったんだよ」
「その子はどうしたの?」
「大人になったら森に帰ったよ。その後もちょくちょく村に顔を出していたんだよね。どうしているかなぁ」
安直にポチと名付けた子犬が狼だったことに、レダはもちろん、村の人たち誰も気づかなかった。
ポチもミナが子猫を拾ったように、レダが拾って飼い始めたのがきっかけだ。
別れはあったものの、家族同然に過ごしていたのはいい思い出だ。
「それで、あのね、ちゃんとお世話するから飼ってもいい?」
「いいよ」
「やったー!」
「ちゃんと面倒見るんだよ。あと、診療所には入れないようにね。それだけは約束できる?」
「うん! ちゃんと面倒見るよ!」
子猫を飼う許可をすると、ミナが破顔し、子猫に頬擦りする。
「今日から家族だね!」
「にゃぁん」
まるで子猫がミナの言葉を理解しているかのように、目を細めて鳴いた。
(――まさか、ね)
アムルス周辺に猫型の魔物がいないことは知っているので、ミナの持つ猫が魔物ではないだろう。
どこからどう見てもただの猫だ。
だが、なにか、レダの感に引っかかるのだ。
しかし、猫を抱きしめて喜んでいるミナを見ていると、気のせいかと思ってしまう。
(猫、だよな。うん、猫だ。だけど、どうしてこんなに気になるんだろう?)
子猫がミナに害を与えるとは思わない。
しかし、気になる。
なんとも言えない感覚を味わいながら、レダは首を傾げた。
「ありがとう、お父さん! お姉ちゃんたちにこの子を紹介してくるね! あ、名前もつけなきゃ!」
「あ、うん」
そうこうしているうちに、ミナが子猫を抱えて家の中に走っていく。
娘の後ろ姿を眺めながら、あれだけはしゃぐミナは久しぶりだと思う。
実の母親との再会、魔法の勉強、とミナはここ何日がずっと頑張ってきた。
ここで些細なご褒美があってもいいだろうと思う。
心優しいミナが、子猫の世話を途中で投げ出すなんてことも考えられないのでその辺りの心配もしていない。
子猫が家族に加わったことで、今まで以上に賑やかな日々になるだろうと思う。
「さて、仕事に戻るか」
いつの間にか休憩時間が終わっていたレダは、白衣の袖をめくって診療所の中に戻っていく。
そして、何事もなくその日も診療を終えた。
家に帰ると、いつも以上にご機嫌なミナが食事の支度をしていて、ルナたちが猫をもみくちゃにして可愛がっている光景があった。
子猫は「ノワール」と名付けられたようで、名前を呼んであげると、ちゃんと自分のことだとわかるらしく返事をする。
利口な猫だ、とみんなが感心した。
ノワーツを含めた家族で食事をとり、いつものように一日を終えたレダが、ベッドの中に入って寝息を立てる。
すると、体の上に何か小さなものが乗る感覚があった。
「――主人の父上よ」
「…………ん?」
「主人の父上よ」
なんだか低く渋い、ダンディな声がする。
夢でも見ているのかもしれない。
そんなことを思うレダの頬を、てしてし、と柔らかく温かいものが叩く。
「ん、ん?」
「主人の父上よ。我を家族に迎え入れたてくれたことを感謝する。就寝中のところを申し訳ないが、貴方にお話したいことがある。どうか起きてほしい」
レダの目が開く。
「――気のせいだよね、今、猫が」
「起こしてしまい申し訳ない。心優しい主人の父上にお話がある」
「うわぁ、猫が喋ったぁ」
寝ぼけながら、レダは、意外と驚かないものだなぁ、とそんなことを思った。
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