24「ミナと黒猫」①




 ミナ・ディクソンは、元気にアムルスの町の中を散歩していた。

 母と魔法の練習を始めてから二週間の時間が経過した。

 学校でも教わっているが、魔法はとても難しかった。

 幾度となくくじけてしまいそうになったミナだったが、尊敬する父レダ・ディクソンのようになりたい一心で、練習を続けた。


 そして、ついに昨日魔法を使うことができたのだ。

 しかも、父が得意とする回復魔法だった。


 これにはミナは大喜びし、母ディアンヌも涙を流して喜んでくれた。

 聞けば、母も回復魔法を一番得意としているらしく、なんだか父と母との繋がりのように思えて嬉しくなってしまった。


 もっと頑張ろうと意気込んだミナだったが、レダとディアンヌから、息抜きとして今日はのんびり過ごしてほしいと言われてしまったのだ。

 なので、診療所のお手伝いを久しぶりにしたかったのだが、「それは息抜きって言わないんじゃないかな」と父が困った顔をしたので、素直に遊びにいくことにした。


 親友のメイリンと、河原で遊び、そろそろ日がくれる頃、宿屋の手伝いがあるからと先に帰路についたメイリンとは別に、ミナは少し街並みを眺めながら散歩をしていた。

 賑やかな喧騒が耳に心地よい。

 はじめてこの町にたどり着いたときには、その活気に驚いたものだが、今ではそれも遠い思い出のように思える。


 まだ一年もここで生活していないが、胸を張ってこの町を故郷だと言えるほど、ミナはアムルスに愛着があった。

 この町には様々な思い出があるからだろう。

 父がいて、母がいて、姉もいる。血の繋がりがなくとも家族と呼べる人たちがいる。

 そのことに毎日感謝している。


 ミナが歩いていると、診療所で顔を合わせたことのある人たちが名前を呼んで手を振ってくれる。

 かつては人見知りだったミナだが、今ではそんな住民たちに笑顔で手を振り返すことができるほど明るくなった。

 これもすべて、レダのおかげだと思う。


「――あれ?」


 偶然、視界に入った路地裏の奥で、なにか小さな影が動いた気がした。


「なんだろう?」


 ミナの好奇心が刺激され、足が勝手に動いてしまう。

 人混みをかき分けて路地裏に足を踏み入れると、そこには小さな小動物がいた。


「わー、猫さんだ!」


 ミナが見つけたのは、黒猫だった。

 艶やかな闇色の毛並みが目を引く、美しい猫だった。


「あっ、怪我してる」


 猫の前足や、背中には裂傷があった。

 ミナがそっと手を伸ばすと、黒猫は警戒して「シャーっ」と鳴く。

 驚き、手を引っ込めてしまうも、勇気を出して再び手を伸ばした。


「大丈夫、怖くないよ。わたしが治してあげる」


 ミナの言葉が伝わったのかわからないが、しばらく視線を合わせていると、子猫のほうから近づいてきた。

 猫はミナのそばに寄ると、にゃーと鳴いた。

 まるでその泣き声が、早く治療しろ、と聞こえたのかミナが苦笑し、そっと手をかざす。

 そして小さく魔法を唱えた。


「――ヒール」


 淡い光がミナの手から放たれ子猫を包んでいく。

 前足と背中の裂傷が、ゆっくりとだが塞がっていくことが確認できた。

 ミナはそのまま傷が消えるまで、ヒールをかけつづけた。

 そして、


「はい、治ったよ!」


 無事に完治した黒猫に、満面の笑顔を向けた。

 ミナにとって、はじめて治療した患者だった。


「あ、あれ?」


 子猫は、ありがというと言わんばかりにミナに頬擦りをすると、そのまま体を預けていく。

 ミナは自然と、子猫の体を抱き上げた。


「わー、あったかい」


 かわいく鳴く子猫を優しく撫でる。

 しばらく子猫を堪能する時間が続いた。


「あ、そうだ、そろそろ帰らなきゃ。でも」


 子猫をこのままこの場に置いていくのは気が引けた。

 もしまた怪我をしたらどうしよう、と不安になる。

 考えた末、ミナは子猫を抱き抱えると、


「この子を家族にしよう!」


 家で子猫を飼うと決意した。

 ミナはレダに子猫を飼いたいと伝えるため、足早に診療所に急ぐのだった。




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