23「レダとディアンヌ」②
「も、申し訳ありません。最近、涙脆くてなりません」
慌ててハンカチで涙を拭うディアンヌから視線を外し、グラスに残ったウイスキーを飲み干した。
「失礼しました。そうですわ、レダさんにお尋ねしたいことがありました」
「俺にですか?」
「ミナのことです」
話題はミナのことに変わる。
「あの子から将来の夢を聞きました。レダさんのような治癒士になりたいとのことです」
「なんというか、照れるというか、光栄というか、はい」
「それで今日学校のほうで挨拶をしてきたのですが、どうやらミナにはちゃんと魔法の才能があるようでして」
「ええ、聞きました」
ミナが学校から帰ってきたときに嬉しそうに教えてくれた。
魔力はもちろん、魔法の才能があるそうだ。
後日改めて適正を調べることになるようだが、少なくとも将来の夢を目指すことができるようでレダはほっとした。
「学校で学ぶことは重要です。お友達との時間も大切ですし、それらを否定するつもりはありません」
「そうですね。学校は大切な場所です」
「しかし、ミナに魔法の才能があり、叶えたい夢があるのであれば、わたくしは母親として力になってあげたいのです」
「えっとつまり?」
「ミナが学校から帰ってきたら、わたくしが魔法を教える時間をいただきたいのです」
「いいことだと思います」
「よろしいのですか?」
「ええ、もちろんですよ」
「しかし、その」
ディアンヌがなにか言い辛そうに言葉を探している。
「何か問題でもありますか?」
「いえ、あの、ミナが帰ってくる時間ですが、わたくしが診療所をお手伝いさせていただいている時間でもあります。ですから、その、できれば、その間だけ診療所を離れさせていただけないこと」
「ああ、そういうことでしたか。ええ、構いませんよ」
「いいのですか?」
レダは笑顔で頷いた。
「もちろんです。ディアンヌさんが診療所を手伝ってくれていることは助かっていますし、感謝もしています。でも、ミナとの時間を大事にしてほしい――それが俺の願いです。どうぞ、診療所のことを気にせず、ミナのことをお願いします」
「ありがとうございます、レダさん」
嬉しそうにするディアンヌにレダの頬が緩む。
彼女が診療所を手伝ってくれているのは本当に助かっている。
聖女を決して高くない賃金で働かせるのも申し訳ないとも思う。
それでも笑顔で町のために尽力してくれる彼女に、プライベートな時間があったっていいはずだ。
ミナも母との時間が欲しいだろう。
これを機に、親子の仲がもっと深まって欲しいし、ミナの魔法が育ってくれるとレダも嬉しく思う。
「では、明日にでもさっそくミナに話をしてみます」
「ええ、お願いします」
「さて、そろそろわたくしは休ませていただきますね。あまりレダさんと一緒にいると、可愛い子が嫉妬してしまます」
「――はい?」
ディアンヌの言葉の意味がわからず、首を傾げる。
すると、彼女がくすりと微笑み、レダの背後を見た。
レダもつられて振り返ると、
「あ、ルナ」
「パパがおばさんといちゃいちゃしてるぅ」
扉の隙間からジトッとした目で覗いているルナの姿があった。
「あ、あの、ルナちゃん。できれば、そのおばさんというのはおやめください。こう、心に来るものがありますわ。せめてお姉さんと」
「うっさい! 年齢を考えたらおばさんでいいじゃない! それよりもパパとお酒飲んで! 酔わせて何するつもりよ!」
「ご、誤解です!」
「じゃあ、パパがこのおばさんを酔わせてエッチなことするつもりだったの!?」
「そんなわけないでしょ。ていうか、ルナ、ちょっと寝ぼけない?」
「そうよね、童貞のパパにそんな根性はないわよねぇ」
「――レダさん、童貞なんですの? いえ、あの、違います、つい」
「……そっとしておいてください」
ルナの不用意な発言のせいで、レダの未経験がディアンヌにバレてしまった。
どことなく彼女が瞳を輝かせた気がするが気のせいだと思いたい。
「も、もしかして、その、男性のほうがお好きだとか」
「違います!」
「――残念です。教会では男性同士の愛を育む書物が流行っていたのですが」
「嫌な教会ですね」
「ちょっとパパ! おばさんの相手はいいから、あたしを相手してよぉ」
「はいはい、じゃあベッドに行こうね。ちゃんと寝なさい」
「ふふふっ、そうやって巧みにベッドに誘うのね」
「はいはい、そうだねー」
うとうとしながら変なことをいう娘を抱き上げると、そのまま部屋に連れていく。
ルナの部屋に向かう途中、足を止めたレダはディアンヌに微笑んだ。
「明日からミナのことをお願いします」
「はい」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい、レダさん」
挨拶を交わしレダはルナをベッドに運ぶ。
が、彼女はレダを話してくれず、結局一緒に眠ることになった。
翌日、
「――記憶がない! せっかく初夜を迎えたのに!」
と、叫ぶ娘に大きくため息をつくことになるのだった。
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