22「レダとディアンヌ」①




「レダさん」

「あ、ディアンヌさん。ミナはもう寝ましたか?」

「はい。昼間は、学校で環境が変わったせいでしょうか、気を張り詰めていたので疲れたみたいです。今はぐっすり寝ていますよ」


 深夜、リビングでウイスキー片手に魔導書を読んでいると、ミナの部屋からディアンヌが現れた。

 彼女は、ローデンヴァルト辺境伯家の一室を借りて生活をしている。

 診療所には毎日歩いて通っているのだ。


 いずれはミナと一緒に暮らしたいという願望があるそうだが、それが叶うのはもう少し先になりそうだ。

 部屋は余っているので、いつでもどうぞ、と言ってあるのだが、他ならぬディアンヌが遠慮してしまっているのだ。


 ディアンヌだけではなく、ルナの母エルザも一緒に暮らすことを提案したが、彼女は娼館の用心棒という仕事があるため、昼夜が逆転気味の生活を送っている。

 そのため、一緒に暮らしても、暮らしていなくとも、あまり変わらないかもしれないと言っていた。

 だが、実際は、遠慮しているのだろうと思う。


「あら? レダさんはお酒を飲まれるのですね?」

「ええ、あまり子供たちの前では飲まない方がいいんでしょうが、つい」

「立派にお仕事をされているのですから、息抜きをしたって構わないと思いませんわ」

「よろしければ、ディアンヌさんもご一緒しませんか?」

「まあ、よろしいのですか?」

「お酒が嫌いじゃんければ、ですけど」

「もちろん大好きですわ。教会の退屈な暮らしなんて、お酒くらいしか楽しみがありませんもの」

「そんなものですか」

「そんなものです。わたくしは不良聖女と言われていましたので!」


 聖女像が壊れるなぁ、と苦笑する。

 もともと教会が堅苦しくて抜け出した過去があるディアンヌだ、今も根本は変わっていないのかも知れない。


 ディアンヌにソファーに座ってもらい、レダがグラスと氷を用意する。

 さすがに聖女様相手に安物を飲ませるわけにはいかないと、戸棚の奥に隠してある二十五年物のウイスキーを取り出した。

 封を切って、コルクを開けると、豊潤な香りが広がり鼻腔をくすぐる。


「お待たせしました、さ、どうぞ」

「ありがとうございます。あら、とてもいい香りですわね」

「お口に合えばいいのですが」

「お気づきかいくださったのですね、ありがとうございます」


 彼女のグラスにウイスキーを注ぐと、「乾杯」とグラスを掲げた。

 やはり年代物だけあって、ウイスキーの味は濃厚だ。

 甘さと樽特有の苦味、そして凝縮された甘みが舌を襲ってくる。


「――まあ、美味しい」

「ですね」


 ふたりは言葉なく、いっぱいを飲み終えた。

 おかわりをレダが注ごうとすると、その手を遮ってディアンヌがボトルを持つ。


「わたくしに注がせてくださいませ」

「じゃあ、お願いします」


 トクトク、とグラスに琥珀色のウイスキーが注がれる。

 レダとディアンヌは再び乾杯して、静かな時間を過ごす。


「ふふふ、不思議ですわ。ミナを大切にしてくださったレダさんとこうしてお酒を飲めるなんて」

「俺も聖女様とお酒が飲めるなんて光栄です」

「お互いに、ここまでくるのにはいろいろあったと思います。ですが、レダさんのおかげで、こうして幸せなミナたちがいます。そのことに、主ではなくレダさんに心から感謝していますわ」

「そんな、感謝するならミナにですよ」

「ミナにですか?」

「ええ」


 レダはミナと出会ったときのことを思い出す。


「まだ俺とミナが出会って一年も経っていませんが、まるで昔のことようです。それでも、あのときのことは鮮明に思い出せます」


 レダはグラスに口をつけ、続ける。


「冒険者パーティーを首になって、やることなすことうまくいかなくて、自棄になってこの街を目指していました。孤独を覚え、寂しかった俺の前に、ミナが現れたんです。あの子を放っておけなかったというのももちろんありますが、俺がきっと寂しかったんでしょう。だから、俺と一緒にいてくれて、父と呼んでくれるミナに俺のほうこそ感謝しています。あの子がいなかったら、今の俺は間違いなくいませんから」


 レダがミナを救ったのではない、孤独に震え、将来もなにもが真っ暗だったレダをミナが救ってくれたのだ。

 彼女の優しさに救われたのは一度や二度ではない。

 彼女がいたからこそ、今ここにいる。

 そして、ルナやヒルデガルダ、ヴァレリーやアストリット、そしてナオミたちに出会った。


「俺はディアンヌさんにも感謝しています。あなたがミナを産んでくれたからこそ、俺はいま幸せです」

「――ありがとうございます。わたくしの愛する娘を、そんな風に思ってくださって。わたくしも、そしてミナも、あなたと出会えてよかった」


 ディアンヌはそう言うと、一筋の涙をこぼしたのだった。




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