20「ふたりの母」




 十二年ぶりに母娘の再会を果たしたミナとディアンヌを祝うために、ローデンヴァルト家で立食会が行われることとなった。

 参加するのはディクソン家をはじめ、レダを取り巻く人々だ。


 ネクセンとユーリはもちろん、アムルスに来た頃大変世話になった【髭の小人亭】を営むリッグスとメイリンのドーラン親子。

 冒険者のテックス、受付嬢のミレットの冒険者ギルドからも参加者がいる。

 他にも最近世話になることが多かった娼婦のディアナや自警団アイーシャなどもいた。


 立場や職業ではなく、ミナと親しくしている人が時間を割いて集まってくれたのだ。

 そして、母親との再会を祝福してくれた。

 ミナもみんなに笑顔でお礼を言っていた。


「――はじめまして、聖女ディアンヌ殿」

「はじめまして、失礼ですが、貴方は?」

「私の名は、エルザ・プロムステットと言う。ルナの母親だ。お見知り置きを」


 人々に笑顔を向けていたディアンヌに声をかけたのは、エルザだった。

 彼女の名を聞くと、心当たりがあったのだろう、ディアンヌが挨拶をする。


「貴方がルナちゃんのお母様でしたか。ディアンヌと申します。ブロムステット様には一度お会いしたいと思っていました」

「私もあなたに一度会いたいと思っていた。せっかくの祝いの席だが、今がチャンスだと思ったのだ。無礼であれば申し訳ない」

「いいえ、むしろ、こうしてあなたと会えたことに感謝致しますわ」


 ふたりは、ルナとミナの母親であり、ロナン・ピアーズ子爵の被害者でもあった。


「こうして顔を合わせるのは不思議なものだ。同時期に、奴の毒牙にかかっていたと思うと、いっそ笑えてしまう」

「わたくしは自業自得の結果でした。しかし、ブロムステット様は」

「エルザでいい」

「エルザ様は望まずして、捕われていたと伺っています」


 ディアンヌとエルザの違いは大きい。

 ディアンヌは、騙されていた側面があるとはいえ、自分の意志でロナンと関係を持った。

 対してエルザは、奴隷として買われ、拒否権などなかった。


「気にする必要はない。業腹だが奴にはひとつだけ感謝している。それはルナと出会わせてくれたことだ。あんな男でも、奴がいなければルナはいなかった」

「わたくしもミナを授からせてくれたことだけは感謝していますわ」

「奴にも天罰が下った。聞けば、モンスターに喰われて死んだらしい。ぜひその場を見ておきたかったものだ」


 エルザもディアンヌも、ロナンを微塵も快く思ってはいない。

 だが、彼がいなければルナとミナが生まれていなかったのも事実だ。

 そういう意味では複雑なのかもしれない。


「聖女殿は」

「どうかディアンヌとお呼びください」

「ディアンヌは、この町で生活すると聞いた」

「はい。ミナのそばにいたいのです」

「いいことだと思う。私もルナのそばにいたくてこの町にいる」


 エルザはメイドからワイングラスをふたつ受け取ると、ひとつをディアンヌに渡した。


「この町は暖かい。住まう人々はみんないい人ばかりだ。この町でなら、ルナもミナも心優しい子に育つだろう」

「――そうあってほしいです」

「それに、ふたりの傍にはレダがいる。あの男が、父親としてふたりに寄り添っている限り心配はない」

「ディクソン様には感謝しかありません」

「とはいえ、ルナは娘としてではなく、女としてレダと歩んでいくそうだ」

「まあ」

「それも悪くない。レダはいい男だ。ルナを安心して任せることができる」


 そう微笑むエルザは、かつての殺伐とした雰囲気はなく、娘を思う母親そのものだった。


「これからいろいろ大変だと思うが、私になにかできることがあれば言ってくれ。そうだな、友人として、あなたを助けよう」

「わたくし、友人ができたのは初めてですわ」

「聖女殿の友人第一号とは光栄だ」

「エルザ様のような方と友人になれたことに感謝します」


 ふたりは微笑み合い、グラスを掲げた。


「私たちの出会いと友情、そして娘たちに」

「友情と娘たちに」


 こうして、姉妹の母親たちもいい出会いをした。

 後に、彼女たちは親友同然の仲となり、共に支え合っていくことになるのだが、それはまた別のお話。



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