19「ミナとディアンヌ」②
「あ、あの!」
突然涙を流したディアンヌにミナが心配した声を出す。
「ごめんなさい、急に涙が」
ディアンヌは涙を拭い、なんでもないと微笑んだ。
「母と、お母さんと呼んでくれるのですね?」
「う、うん、だってお母さん、ですよね?」
「そうです。わたくしが、あなたの、ミナの母親です」
ミナに一歩近づき、娘の頭頂部からつま先までじっくり見つめた。
生まれたばかりの頃しか知らないが、よくもここまで育ってくれたと神とレダに感謝する。
この場で膝をつき祈りたい衝動に駆られるが、それ以上にしたいことがあった。
「わたくしはディアンヌと申します。あなたの母親です」
「――うん」
「どうかお願いがあります。抱きしめてもいいですか?」
「え?」
「十二年、あなたの温もりを知らずに生きてきました。そんなあなたが、愛しい娘が目の前にいます。どうか抱きしめさせてください」
ミナはちょっとだけ動揺しながらレダを見た。
娘に、レダは頷いてみせる。
「うん、いいよ」
「ありがとうございます」
ディアンヌが手を広げて受け入れてくれた娘の小さな体をそっと抱きしめる。
「――ああ、ミナ。ずっと会いたかった」
十二年ぶりに再会できた子の温もりに、母親はボロボロと涙をこぼし始めた。
ふたりを見守っていた、女性たちや町の人たちも同じく、涙をこぼす。
「お母さん」
抱きしめられて、どうしていいのかわからない顔をしていたミナだったが、彼女もまた母親の体を抱きしめる。
「――お母さん!」
本能的に、ディアンヌが母親だと分かったのだろうか。
ミナの瞳からも自然の涙が溢れ出ていた。
「――ああ、よかった」
再会の抱擁を交わす母と娘に、見守っていたレダは安堵の息を吐く。
正直に言うと、不安だった。
いざ、ミナがディアンヌを受け入れられるかどうか。
まだ十二歳と幼い少女に、顔も知らない母親を無条件で受けれることができるか心配だった。
(でも、もう心配しなくていい)
涙を流しながら、お互いを呼び抱きしめ合うふたりの姿に、もう心配などない。
ふたりは自然と親子として求めあった。
それは素晴らしいことだし、喜ばしいことである。
これから、ふたりが親子として、同じ道を歩んでいけるのだと確信した。
(だけどちょっと寂しいかな)
これからミナが成長していくにつれて、父親よりも母親が必要になる場面も多くなるだろう。
その時に、実母であるディアンヌがそばにいてくれれば、と思う一方で、ミナが自分から離れていくような寂しさを覚える。
いいことだと分かっていながらも、短いながら濃密な時間を一緒に過ごしたミナが遠くに行ってしまう気がして、胸が痛んだ。
「ぱーぱっ」
そんなレダの腕に、いつの間にか隣にいたルナが腕をからませる。
「ちょっと寂しそうね」
「あ、わかっちゃった?」
「もちろん。だって、あたしだって寂しいもん」
「ルナも?」
「そうよぉ。ミナのお姉ちゃんで頼りにしてもらっていたと思うけど、これからはあの人に頼れるじゃない」
「そうかもしれないけど、ルナとミナの絆は今まで通りだよ」
「あーら、それを言うならパパだって同じよぉ」
「それは、わかっているけどさ」
ルナが苦笑して寄り添ってくれる。
「あたしもパパも寂しいけど、ミナが離れていくわけじゃないんだし、これでさよならってわけでもないわ。むしろ、これからがはじまりよ」
「はじまり?」
「あたしだってママと再会したけど、最初はほら関係は最悪だったじゃない?」
「そうだったね」
ルナと彼女の母エルザとの出会いと、和解に至る過程は決して楽なものではなかった。
「ミナは再会こそこうして感動的だけど、このあと苦労するかもしれないわ。しなくても、母親と娘なんだから、いずれ喧嘩することだってあるはずよ」
「ちょっと想像できないけど」
「ミナも頑固なところがあるから、もう少し成長すればきっとそうなるわ。その度に、あたしたちが間に入って、宥めたり、怒ったりしていくのぉ」
「そっか」
「そうよぉ。あたしたちにとっても、通過点よ。これからもっと賑やかになるんだから、あまり寂しがっている暇わないと思うわ」
(そっか、そうだな。ミナが母親と再会してちょと寂しかったけど、俺たちの関係が壊れるわけじゃない。新しいものへ変化していくんだ。寂しがってる暇なんてないよな)
ルナのおかげで前向きになれたレダは、彼女の頭をそっと撫でた。
「ありがと、ルナ」
「ふふふぅ、もっと褒めてもいいんだからね」
目を細めて、微笑んでくれるルナに、つられるようにレダも笑った。
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