18「ミナとディアンヌ」①




 レダは、ディアンヌと歩いて診療所に戻った。

 ティーダが馬車を準備してくれると提案したが、他ならぬディアンヌが遠慮したのだ。


「仰々しくしてしまうと娘に警戒されてしまうかもしれません」


 そう言われては、ティーダも黙るしかなかった。

 今は、サムと並んで街並みを観察しながら歩いているが、少し離れた場所にはテックスをはじめとする優れた冒険者が護衛として見守っている。

 聖女に万が一のことがあってはならないのだ。


「ミナはわたくしと会ってくれるでしょうか」

「最初は、拒んでいました」

「――無理も、ありません」

「あの子は怖がっていました。あなたの登場で、今の家族の形が壊れてしまうのではないか、と」

「悲しいことですが、理解できますわ」

「しかし、ルナと話をし、あなたと会うと決めたようです。さぞかし勇気が必要だったでしょう。俺はミナを誇りに思います」


 幼いながらにミナはよく決意したものだと思う。

 自分がミナと同じくらいの年齢だったら、ああも勇気ある決断はできなかっただろう。

 父親として、そんな娘を誇りに思うし、愛しく思う。


「ミナはわたくしを受けいれてくれるでしょうか?」

「それは、俺にはなんとも言えません。でも、ミナはあなたを受け入れる努力をしてくれるはずです。ですから、あなたもミナに受け入れてもらう努力をしてください」

「……親と子が会って、受け入れてもらう……言葉にすると簡単ですが、いざやろうとすると途方もないことのように思えます」

「十二年会っていなかったんですから、仕方がありませんよ。俺としては、おふたりの関係がよい関係になってくれることを祈るだけです」


 レダとしては、ミナが不幸にならなければそれでいい。

 もちろん、ディアンヌにも幸せになってほしいと思う。

 過去の話を聞いただけに、とくに彼女の幸せを願いたい。

 だが、やはりレダはミナの父親なのだ。娘の幸せが最優先だ。


 今はこうしてディアンヌと一緒にいるが、もし万が一、ミナとの関係が拗れてしまえば見方をすることはできない。

 いつだって父親は娘の味方でありたいのだ。


「――頑張ってください。俺にはそのくらいしか言えません」

「ありがとうございます、ディクソン様。そのお言葉だけで嬉しいですわ」


 そして、ふたりは診療所にたどり着いた。

 診療所の前には、見知った顔が勢揃いしている。

 娘のルナとミナはもちろん、ヒルデガルダとナオミ、ヴァレリーとアストリット、そしてネクセンとユーリもディアンヌを出迎えにわざわざ外に出てきてくれたようだ。


「ようこそ、アムルス診療所に。ディアンヌ様をご歓迎致しますわ」


 代表してヴァレリーが、膝をつき頭を下げた。

 彼女に他のみんなも続く。


「ご歓迎ありがとうございます。どうか、お立ちになってください。わたくしはそのように首を垂れていただく立場にはありません」


 ディアンヌの言葉に、それぞれが立ち上がり、顔を上げた。

 そして、


「…………」


 ディアンヌの視線が、ひとりの少女に注がれる。

 言うまでもない。

 ミナだ。


 物心ついた頃から、いなかった母親との対面に、ミナは困惑した顔をしている。

 そんな娘にディアンヌもどうしていいのかわからず、硬直してしまった。


「ほーら、ミナ」


 戸惑いを隠せない妹を後押しするように、ルナが背を押した。

 ミナは、数歩歩き、ディアンヌの前に立ち、彼女と視線を合わせた。

 そして、


「はじめまして――お母さん! わたし、ミナ・ディクソンです!」


 元気いっぱいに挨拶をした。

 はじめて娘に母と呼ばれたディアンヌは、瞳から一筋の涙をこぼすのだった。



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