16「ディアンヌの過去」③



 ロナン・ピアーズの人とは思えない所業にレダは絶句してしまった。


「教会は、わたくしの犯した醜聞を隠したかったのでしょう。ロナンに、ミナの母親を一切口外しないことを条件に、彼の訴えを飲みました」

「そんな馬鹿なことが」

「誤解しないでいただきたいのですが、教会の人間が全員賛成したわけではありません。わたくしによくしてくださった司祭様やシスターはなんとかミナを取り戻そうと尽力してくださいました。ですが、わたくしたちの知らないところで話はまとまり、ミナに手出しできなくなっていたのです」


 当時を思い出したのか、ディアンヌの瞳からは涙がこぼれ落ちた。


「ミナを攫った少女は?」

「教会を出て地元に逃げたようですが、その先は知りません。知りたくもありませんでした。ですが、最近、他界していることを耳にしています」

「そう、でしたか」

「わたくしもロナンの誘惑に屈した身です。彼女を責めたくはありませんが……頭ではそう思っても、心では違いました」

「無理もありません」


 ミナを奪った少女がどのような理由で他界したかはわからないし、わかりたくもない。


(それにしても、ロナン・ピアーズは女性を利用するのが好きらしいな。死んでいることが残念だよ。生きていれば、殴り飛ばしたかった)


「結局のところ、派閥争いのようなものだったのです。わたくしの力を削ぎたい派閥が、ミナを盾にしただけのこと。わたくしは負けてしまったのです」

「では、どうして今になって?」

「その後、わたくしは敵対派閥を時間をかけて潰してきました。国王陛下の協力も取り付けることができ、教会勢力はほぼ統一できたと思います。しかし、その頃には肝心なミナの居場所がわからなかったのです。どうやら、教会のロナンへの支払いが滞っていたらしく、金に困った彼がどこかに売り払ったのだと」


 ルナと一緒に売り払われたミナは、とある裏組織に買われ不遇な日々を送り、そしてレダと出会った。

 すでに組織は勇者ナオミによって壊滅させられているので、追手の心配もない。

 一番の悪党だったロナンももういない。

 姉妹はようやく安心できるのだろう。


「ロナンの行動だけがわたくしには読めなかった。秘密裏にミナを探しながらも、そのことがロナンの耳に入ることを恐れていました。その間に、ディクソン様がミナをお救いくださったのです」

「偶然の出会いでした」


 あの日、パーティーを首になって、形だけの恋人にも振られ、心機一転しようとしたからこそ、ミナに出会えたのだ。


「主とディクソン様に心より感謝致します。皆を救ってくださりありがとうございます」


 深々と礼をするディアンヌに、顔をあげてくれと頼む。

 彼女のためにミナと家族になったわけではない。

 ミナと家族になりたいから、家族になったのだ。

 レダにとって、それが一番大事だった。


「経緯はわかりました。ロナンも死んでいるので、あなたが自由に動けたというのも理解できます。ですが、聖女であるあなたが教会を離れていいのですか?」

「構いません。わたくしに変わる聖女は育てました。引き継ぎもしてあります。信頼できる方たちがいますので、心配はしていません。それに」

「それに?」

「もう教会に戻るつもりはないのです。味方もいましたが、教会はわたくしからミナを奪った組織でもあるのです。そんな組織に、もういたくありません」

「お気持ちはわかりました。俺でよろしければ、アムルスで、ミナの近くで生活する手助けをさせていただければと思っています」


 聖女ディアンヌの話を聞いて、彼女がミナに危害を与えないことはわかった。

 自分から引き離す気もないようだ。

 ならば、ミナとの関係がうまくいくように力を貸したい。

 ミナに、母親という存在を知ってほしいと思った。


「ありがとうございます。ならば、ひとつお願いがございます」

「なんでもおっしゃってください」

「では――わたくしをディクソン様のご家族にしてください」



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