14「ディアンヌの過去」①




「ピアーズ子爵……ミナとルナの父親ですね」

「はい。ルナ様のことは存じませんが、ミナの姉としてよくしてくださっていると聞いています」

「ふたりは本当に仲のいい姉妹です。ルナはミナをずっと守ってきてくれました」

「彼女にはぜひお礼を言いたいと思っています」


 ディアンヌの声音から、ルナに対する悪い印象はないように感じた。

 実を言うと、ピアーズ子爵の娘というだけで、悪く思われていないか不安だったのだ。


「わたくしは、ロナンと出会い、教会の外の楽しさを知りました。年相応に、彼と遊び、気づけば恋心を抱いていました」

「そして、ミナが」

「はい。ロナンと恋人となり、会う回数が増え、自然と愛を育んだのです。しかし、わたくしのそんな行動がいつまでも教会にばれないはずもなく」

「バレてしまった。それでロナンはどうしましたか?」


 今のところ、お忍び聖女と子爵家の青年の恋愛話だが、レダの知る限り幸せになった者はいない。

 ディアンヌは当時を思い出したのか、苦い顔をした。


「ロナンはあっさり私を捨てました」

「……そうでしたか」

「躊躇うこともなく、まるで飽きたとばかりに、もう会う気がないと告げられてしまいました」


 どう声をかけるべきかわからない。

 悩むレダに、「もう過去のことです」とディアンヌは笑ったが、どこか強がっているように見えた。


「実を言うと、ロナンはわたくしが聖女として教会に仕えていることを途中で知っていたそうです。知りながら――都合よく遊べる女のひとりとしてしか見られてはいなかったのです」


(なんて最悪な男だ)


「もちろん、当時のわたくしはそんなことを信じられるはずもなく、彼の言葉を疑いました。もしかしたら教会が無理やり言わせているのではないかと、何度も教会を抜け出し、会いにきました。そして、わたくしは知ったのです」

「……なにかあったのですか?」

「彼は畜生でした。わたしを、いえ、聖女という存在を抱いてみたかったという理由で、わたくしを口説き落としたそうです。それはそれは楽しかったそうですわ」

「――っ」

「彼には親が決めた婚約者がおり、遊びでしかなかったとはっきり告げられました。同時に、女など性の吐け口でしかない、とも」

「なんて奴だ」


 すでに死んでいる人間ではあるが、ここまで死んで当然と思える男も珍しい。

 レダは、顔さえ知らぬロナン・ピアーズにひどい嫌悪感を覚えた。


「後で知りましたが、ロナンは違法な奴隷を複数人囲っていたそうです。わたくし以外にも彼に騙された女性は多かった」

「……言葉もありません」

「あまり聞いていて気持ちのよい話ではありませんでしたね。申し訳ございません。しかし、わたくしは当時、ロナンを恨みませんでした」

「なぜ、ですか?」

「わたくし自身が悪いのです。世間知らずの小娘が、いいように遊ばれた。よくある話です――が、それだけでは終わりませんでした。わたくしのお腹には、命が宿っていたのです」

「ミナ、ですね」

「はい。遊ばれたことを知り、自分勝手に嘆いていたわたくしは身篭っていたのです」



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