13「レダと聖女」④




「本気ですか?」

「はい。国王陛下の許可はいただいております。もちろん、聖女としての力が必要とされた際は、よろこんで馳せ参じますが、それ以外ではミナと家族として一緒にいたいと思っていますわ」


 そう悪い考えではないと思う。

 ミナにとっても、母親と一緒にいられることはいいことだ。

 ルナがエルザと和解し、母と子として仲良くしている姿を見ているだけに、ディアンヌとミナの関係もいいものになればと思っている。

 むしろ、王都に連れて帰ると言われなくてほっとした。


「幸い、わたくしには回復魔法がありますので、アムルスの皆様のお役に立つことができれば、とも。もちろん、ディクソン様たちの診療所の邪魔をするつもりはございません。よろしければ、わたくしを治癒士として雇っていただければ嬉しく思います」

「――ディアンヌ様を診療所で?」

「はい。ミナの父親であるディクソン殿は、わたくしにとっても家族同然です。そんなディクソン様が所長を務める診療所のお力になることができるのであれば喜ばしいです」


 まさか聖女様を診療所で雇っていいものかとレダは頭痛を覚えた。

 前代未聞も提案をしてくるディアンヌに、どう返事をしていいのかわからない。

 というか、ディアンヌを治癒士として雇ったりなどすれば、教会が激怒するのではないか、と考えてしまう。

 聖女とはそれだけ教会にとって貴重なのだ。


「お気持ちは嬉しいのですが、俺にその権限はありません。まず、ミナとの関係をよいもにしてくださると俺としては嬉しく思います」

「ありがとうございます。ところで」

「はい?」

「ディクソン様は、なぜわたくしがミナと離れていたのかを、なぜミナを産んだのかを聞かないのですね」

「聞いてもよろしいんですか?」

「あなたは父親です。聞く権利があると思います。そして、わたくしにはお伝えする義務があると」


 ディアンヌが切り出してくれたことは、レダが一番聞きたかったことである。

 ミナとルナの父親であるピアーズ子爵が他界したことは聞いている。

 つまり、ミナがどのような経緯で生まれたのかは、他ならぬディアンヌでなければわからないのだ。


 その経緯に寄っては、たとえ相手が聖女だろうとミナに近づけさせるつもりはない。

 父親として、ミナを何よりも守りたいからだ。


「ミナの父親に関してはご存じですか?」

「ピアーズ子爵ですね」

「ええ、あまり褒められた方ではありません。聞けば、女性を不幸にしていただけでは飽き足らず、ミナのことも売り払ってしまったとか……最低な男です」

「それに関しては同感です。とても許せる人間じゃない。死んでくれてよかったと心から思っています」

「わたくしもです。ですが、わたくしは、そんなピアーズ子爵を一時とはいえ愛していました」

「そう、だったんですね。口が過ぎました。すみません」


 仮にもディアンヌが愛していた男を、彼女の目の前で死んでよかったと言ってしまったのだ。

 レダは、言い過ぎたと謝罪する。

 しかし、ディアンヌは気にしていないと首を振った。


「いいのです。わたくしは確かにピアーズ子爵を愛していましたが、向こうにとっては遊び程度でしかなかったのですから」

「それはどういう?」

「わたくしの過去を聞いてくださいますか?」

「お話できるのであれば……」

「構いません。もう過去のことです。割り切っています。むしろ、ミナを娘として扱わなかったピアーズ子爵に憎しみさえ抱いています」


 ――憎しみ。

 ディアンヌが発した、その言葉にどれだけの意味が込められているのかは、レダにはわからない。

 だが、かつて彼女がピアーズ伯爵に抱いた愛情は、もうないということだけは理解できる。


「わたくしたちの出会いは偶然でした。当時の私は、まだ子供で、聖女として崇められ、いい気になっていました。そんなわたくしが、教会を狭く苦しく思うようになり、シスターたちの隙を見つけては教会から抜け出していたころです」


 それはまだディアンヌが十代半ばごろの話だった。


「王都の街並みすべてが新鮮で、色鮮やかでした。当てもなくふらふらと歩いていたわたくしに声をかけたのが、ピアーズ子爵――いいえ、当時はただのロナン・ピアーズという青年でした」



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