10「レダと聖女」①




 ミナに聖女の母親がいることがわかってから三日が経った。

 アムルスに向かっているという国王から手紙はあったものの、まだ聖女はこの町に着いてはいないようだ。

 家族と変わらず一緒にいることを決意したミナは普段と変わらぬ振る舞いを見せているが、レダはそうはいかず緊張した日々を送っていた。


 まず、聖女ディアンヌがどのような人物なのか確かめなければいけない。

 ミナを傷つけるような人物であれば、どんなことをしてでも会わせるつもりはない。

 エルザのように分かり合えるとも限らないし、ミナとルナの父親のような人物であれば、最悪の場合だって考えなければいけないのだ。


「はぁ。ミナの母親か、どんな人なんだろ。国王様の手紙には、人柄は保証するって書かれていたけど、本性なんて隠そうと思えば隠せるんだしな」


 往診の帰り、道ゆく人たちとすれ違いながらレダは大きく嘆息した。

 そんなレダの背中を力強く叩く人間がいた。


「よう、レダ。暗い顔していやがるじゃねえか。どうしたよ?」

「痛っ、って、テックスさんですか」

「ずいぶんと湿っぽい顔してるな。なんかあったのかい?」


 レダの友人であり、ベテラン冒険者のテックスがそこにいた。

 彼はいつもの陽気さを顔に浮かべていた。

 一見すると悩みなどなさそうに見える男だが、彼が思慮深いことをレダは知っている。


「どうも、テックスさん。そんな暗くて湿っぽい顔してますかね、俺?」

「今にもキノコが生えてきそうなくらい湿っぽい顔だぜ。お前さんのそんな顔を見るのは、ミナの嬢ちゃんとこの町で暮らし始めた以来じゃねえか」

「そうですか?」

「そうだぜ。まあ、なんだ、おっさんにちょっと悩みを話してみろよ」


 テックスに促されて近くにベンチに並んで腰を下ろした。


「で、どうしたよ?」

「実はミナの母親が見つかりまして」


 レダはミナの母親が見つかったこと、母親が聖女であること、ミナは母親が見つかってもみんなと一緒に変わらずに暮らしていきたいと考えていることを伝えた。


「それでか」

「どうしましたか?」

「いやなに、腕利きの冒険者とティーダ様の屋敷の私兵が集められて誰かを迎えに行かされたらしくてな。俺はちょうど町から離れて依頼中だったから声はかからなかったんだがな」

「もしかして、聖女様を迎えに?」

「だろうな。国王もレダにティーダ様に連絡はするだろ。滞在先とかいろいろ関係もあるだろうしよぉ。いくらお忍びだからって聖女様になにかあったら困るだろう」

「ですよね」


 ティーダが最近忙しいことは知っていた。

 彼もミナの母が聖女であることを知っているひとりだ。

 ヴァレリーに頼んで、伝えておいてもらってあるんだ。

 最悪の場合を考えているものの、聖女相手に後ろ盾なしでは立ち向かえない。そこでティーダを頼りたかったのだ。

 ヴァレリーからは協力を快諾してくれたと返事をもらったが、どうやら自分と聖女の板挟みにしてしまったようだ、と反省する。


「――レダ」

「え?」


 テックスとは違う声がレダの名を呼んだ。

 思わず声の方に顔を向けると、この町の領主であるティーダ・ローデンヴァルトがそこにいた。


「ティーダ様?」

「おいおい、護衛もつけずになにをやってるですかい!」

「すまないテックス。レダのもとを訪ねようとしていてね。いろいろ伝えたいことがあったんだが、国王命令で秘密裏に動いていたためなにも話せずにいたんだ」

「なんのことですか?」

「ミナの母親――いや、聖女殿のことだよ」

「――まさか」


 わざわざティーダが自分を訪ねてきたのだ。

 返事を聞かずとも、彼の言いたいことがわかった。


「そのまさかさ。先ほど、この町に聖女殿が到着した」



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