8「レダとヴァレリー」




「レダ様? 先ほど、ミナちゃんの大きな声が聞こえましたがなにかありましたか?」


 出迎えてくれたヴァレリーの表情は不安げだ。

 診療所には患者はおらず、レダがいなくとも問題なく回ったことがわかる。

 レダは心配してくれるヴァレリーに相談することにした。


「実は、ミナの母親が見つかったんです」

「まあ! それは、よかった……のですよね?」

「そうだといいと思っています」


 そう呟いたレダは、近くの椅子に腰をおろし、大きくため息をつく。

 その隣にヴァレリーも座った。


「先ほどまでルナちゃんが、国王様からのお手紙を持ってそわそわしていましたが、国王様がミナちゃんのお母様をお見つけになったのですか?」

「ええ。どうやらミナの母親は、聖女様のようなんです」

「――っ、それは、驚きですわね」

「ですよね。正直、信じられないって気持ちがいっぱいです」

「ミナちゃんはどうしていますか?」

「ミナは――今のままでいいと言って、どこかに走って行ってしまいました。追いかけたかったんですが、ルナに任せてしまいました」

「姉妹の方が話しやすいと言うこともありますわ。それに、ミナちゃんの気持ちも少なからずわかります」


 ヴァレリーはそっとレダの手を取った。

 彼女の手の暖かさに、どきりとする。


「あの、ヴァレリー様?」

「今の生活は、わたくしたちにとって心地がいいものです。それはミナちゃんも同じでしょう。そんな生活に変化が起きてしまうことは、恐ろしく感じてしまうのかもしれません」


 ミナにとって母親とは未知の存在だ。

 ルナの母エルザが現れたときは、ミナは平然としていたどころか、むしろふたりの仲を応援さえしていた。

 だが、それはルナと母の関係がうまくいくと信じていたんだろうし、家族関係が壊れることはないと思っていたのだろう。


 しかし、自分の母親が見つかったという当事者になり、不安を覚えてしまっても、無理はない。

 ミナはまだ十二歳の子供なのだから。

 むしろ、レダがちゃんとしなければならない。

 大切な娘に「大丈夫だよ」と言って抱きしめてあげなければならないのだ。


「いろいろ戸惑われるのも無理はありません。わたくしも、火傷が治ったとき、もちろん喜びましたが、戸惑いもありました。誰でも、変化というものに少なからず思うことはあるのです」

「ですね」

「ミナちゃんはタイミングも悪かったですわね。将来のことを学校でレダ様と先生と話し合った日に、お母様が見つかったなど聞いてしまえば、ミナちゃんじゃなくとも動揺しますわ」


 ミナの母親が見つかったと知ったレダがあれだけ動揺したのだ。

 まだ幼いミナがどんなに不安だったのか、察するにあまりある。


「もしかすると、これからエルザ様が現れた時のように大変な思いをするかもしれません。ですが、そう悩むことなどありませんよ。レダ様はルナちゃんの時と同じように、思ったように行動すればいいのです」


 そう言ってヴァレリーが微笑んだ。


「もうお答えは決まっているのでしょう?」


 彼女に問われたレダは、静かに頷いて口を開く。


「――親子でいたい。ミナとみんなと家族でいたい」


 それが嘘偽りのないレダの本心だった。


「でしたらなにも恐れることはありませんわ。わたくしたち家族の絆はそう易々と壊れるものではありませんもの」

「そう、ですよね」

「ええ、ミナちゃんのお母様が聖女様だとしても、わたくしたちの絆には勝てませんわ」


 はっきりそう言ってくれるヴァレリーもまた、レダにとって、ミナにとって大切な家族だった。


「ありがとうございます、ヴァレリー様」

「いいえ、家族ですから」


 微笑むヴァレリーは、まるで彼女こそが聖女だと思えるほど優しげな顔をしていた。


「ミナちゃんが帰ってきたら暖かく出迎えてあげましょう。おいしいものを食べて、お風呂に入って、眠れば、また明日から元気なミナちゃんに戻りますわ。さ、レダ様も食事の支度を手伝ってください。ミナちゃんのために」

「ええ、わかりました。頑張ります!」


 今日はもう診療所を頼りになる同僚に任せよう。

 今は娘のために、父として暖かく出迎えてあげることだけを考えたかった。



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