3「女性たちの会話」②



「ちょっとぉ、そろそろパパが帰ってくるからテーブル拭いてちょうだい」




 ルナの声に、三人はふと時計を見る。


 いつの間にか、診療所が閉まる時間に迫りつつあった。


 ヒルデ、ヴァレリー、アストリットは長い時間嫉妬心を燃やしていたようだ。




「――む。意外と話し込んでしまったみたいだな」


「そうですわね。いくら任せてと言われたとしても、ルナちゃんに夕食の支度を任せっぱなしはよくありませんでしたわ」


「あら、いけない。もうこんな時間なのね」




 三人が口々にそう言いながら、ルナの言うことに従う。


 ヒルダがテーブルを拭き、ヴァレリーとアストリットが夕食に支度を手伝う。




「あとぉ、さっきから聞こえていたけど、パパに夜這いは逆効果よぉ」


「――っ、散々夜這いをして相手にされていなかったルナが言うと納得だな!」


「そうですわ! わたくしやアスト様なんて、一緒に暮らしていないから夜這いすらできていないというのに!」


「わ、私は別に夜這いなんて」


「そうじゃないくてぇ、無駄なことはしないほうがいいって言ってるのよぉ」




 ルナの言葉に、三人の顔が引きつった。




「ほう……すでに自分だけが勝った気でいるようだな」


「そうじゃなくって! もうっ! あんたたち、この一週間、あたしの話をなんにもきいていなかったでしょ!」


「なんだと?」


「どういうことですか、ルナちゃん?」


「ルナの話って、レダに女の子扱いされた自慢話だけじゃない」




 三人の返答に、ルナは呆れたように嘆息した。




「あのねぇ、あたし、散々言ったじゃない」


「なにをだ?」


「確かに、パパはあたしのことをひとりの女の子として見てくれているけど、それはあんたたちだって同じでしょ!」


「なんだと!?」


「そうなのですか?」


「――っ」


「あのねぇ、ちょっと考えればわかることじゃない」




 やれやれ、と首を横に振り、ルナは肩を竦めた。


 一方、三人はそれどころではない。


 ルナの言葉が本当なら、自分たちもひとりの異性としてレダに見られていることになる。




「ど、どどど、どいうことだ?」


「最初に言ったじゃない! あのパパがあたしだけをそういう対象にするわけないでしょ! ていうか、普段からちょっとパパの様子を見ていたら簡単にわかるじゃないの!」


「そんなこと言っていたか? ルナが自慢ばかりしてうざかったから、話の半分は聞き流していたぞ」


「わたくしもですわ」


「ごめん。私も」


「……あんたたちねぇ」




 ルナは頬を引きつらせた。


 最近、人のことを羨んだ目で見てくるから何事かと思っていたが、まさか人の話を聞いていなかったとは想定外だった。




 ルナの言ったことはその場限りの嘘ではない。


 レダが、ルナのことをちゃんと女の子として意識していると明かしてくれたことをきっかけに、そういう視線に敏感になった。


 するとすぐにわかった。


 レダが、自分に向ける視線と同じ視線を三人とアンジェリーナに向けていることを。




 今まで気づかなかったことが恥ずかしくなるほど、レダの視線はわかりやすかった。


 それだけみんなのことを意識しているのか、それともレダがルナに気持ちを打ち明けたことで、隠していた感情を表に出すようになったのか。




「つ、つまり、なんだ、レダは私たちのことを女として意識しているのだな!」


「そうね」


「わたくしたちと子作りしたくてたまらないのですね!」


「……それはあたしも知りたいわよ」


「れ、れれれれれれ、レダが、私のことをひとりの女性としてみているなんて」


「アストリットの反応が一番いいわね」




 初々しい反応を見せてくれたアストリットはさておき、ヒルデガルダとヴァレリーは今にもよだれを垂らしそうな勢いだった。




(あたしだってパパを好きなのは負けないけど、ここまでくるとこいつら凄いわ。ていうか、ヴァレリーとかお嬢様がしていい顔してないし)




「ふ、ふふふふふっ、勝った! 私の勝ちだ! エルフの繁栄の日は近いぞ!」


「お兄様! わたくし、レダ様の赤ちゃんをいっぱい産みますわ!」


「――あ、ふたりを見ていたら冷静になったわ」




 錯乱気味のヒルデガルダとヴァレリーの姿に、アストリットが正気に戻る。


 王女として、女性がしてはいけない顔をして高笑いするようなことは避けたかったようだ。




「ま、パパに直接女の子として見ているって言われたのは、あたしだけだけどねぇ」




 なんだかんだと言って、自分が一番だと言いたいルナがドヤ顔をして三人を煽った。


 言うまでもなく、三人の頬が引きつる。




「――よし。ならば、ルナを見習って私たちもレダを問い詰めようではないか!」


「さすがヒルデちゃんですわ! とてもいい考えです! 三人で詰め寄れば、レダ様も胸に秘めるお心を白状してくれるでしょう!」


「わ、私は別に」


「おとうさんも大変だねー」




 意気込む三人に、手際良く夕食の支度を終えたミナがクスクスと笑う。


 なんだかんだと言って、ミナのポジションは守られている。


 ルナたちがレダを男性として愛している中、ミナだけは父親として心から慕っている。


 つまり、娘枠はミナだけのものなのだ。




 そんな余裕があるのか、それとも最初から気にしていないのか、ミナの四人を見る目はどこか暖かい。


 そんな最年少の少女の視線に気づかないまま、ヒルデガルダたちは燃え、ルナが呆れている。




 と、そこへ、




「ただいまー」




 レダが帰ってきてしまった。




「あちゃー」


「おとうさん、タイミング悪い!」




 ルナがレダの間の悪さに苦笑し、ミナも笑う。




「あれ? どうしたの、みんな?」




 レダだけが、なんとなく普段と空気が違うことに気付いて戸惑いの声をあげた。


 次の瞬間、




「レダ!」


「はい?」


「レダ様!」


「え? なに?」


「ああっ、もう! レダ!」


「アスト様まで?」




 ヒルデガルダ、ヴァレリー、アストリットの三人がレダに詰め寄る。




「え? え? え? なに、なになに、なんなの?」




 助けを求めるようにミナとルナに視線を向けるも、姉妹は笑って手を振るだけ。


 そして、この日、レダは隠していた女性陣への感情を白状されることとなったのだった。






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