2「女性たちの会話」①
「らん、ららーん、らんっ」
母親と和解してから一週間、ルナはご機嫌だった。
それもそのはず、母との関係修復だけではなく、最愛の人が自分のことをひとりの女として見てくれていることがわかったのだ。
もうあとは妊娠するだけだ。
以来、ルナの世界は一変した。
今までの世界がどこか暗く感じてしまうほど、今の世界は色鮮やかだった。
そんな姉を見て、妹のミナもご機嫌だ。
「おねえちゃんが幸せそうでわたしも嬉しいなっ」
だが、誰もがルナとミナのようにご機嫌とはいかなかった。
軽やかなステップで踊りながら夕食の支度をしているルナを不機嫌そうに眺めている三人がいる。
ヒルデ、ヴァレリー、アストリットだった。
「ふふふ……ルナめ。レダにちょっと女扱いされたくらいで調子に乗りよって」
「あらあら、ルナちゃんったらはしたないですわ。女性はもっと慎ましくあるべきですわ」
「……あのね、ふたりとも。おもしろくないのはわかるけど、ちょっと大人げないんじゃないの?」
ヒルデとヴァレリーがどこか座った目でルナを見ていると、アストリットが大きく嘆息した。
ご機嫌なルナとミナが夕食の支度を任せてというので、三人はテーブルを囲んでお茶を飲んでいる――ようで、ルナを恨めしそうに見ていた。
「そういうアスト様だって不機嫌なお顔をしているじゃありませんか」
「そうだそうだ」
「そ、それは、あれよ! レダが成人したばかりの女の子に発情しているからよ! あんたたちみたいに嫉妬心からじゃないわ」
「どうだか」
「ちょっとヒルデ!」
なんだかんだとこの三人の仲がいい。
ひとりは外見こそ幼いが、年長者だ。
ふたりも立派な大人であることから、よく一緒にいる。
もちろん、ヒルデは家族として友人としてルナとミナといることが多いし、ヴァレリーとアストリットもふたりのことを妹のようにかわいがっているのは変わらない。
「まあまあ、おふたりが喧嘩をしてもしかたがありませんわ。問題は――どうやってレダ様にわたくしたちも女として見ていただくかです!」
「うむ。そうだな」
「わ、私は別に……」
「と、素直になれないアスト様は放っておいて、ヒルデちゃん、なにか作戦はありませんか?」
「ちょっと! 私の扱いが悪くないかしら!」
「夜這いをしよう」
「聞きなさいよ! ていうか、それ作戦じゃないじゃない!」
「とてもいい考えです!」
「ちょっとヴァレリー!?」
作戦になっていない作戦を自身ありげに言うヒルデにヴァレリーが賛成してしまった。
どうやらまともな判断能力を持っているのはアストリットだけなのかもしれない。
「案ずるな、アストよ。ちゃんとお前も混ぜてやる」
「しかも三人で!?」
「わたくしもですからレダ様と四人ですわね」
「ちょっとあんたたち、正気になりなさいよ!」
絶叫するアストリットを放置して、ヒルデとヴァレリーは悪い顔をして相談を続けていく。
いつの間にか、レダにどうやって女として見てもらうかという話から、どうやってレダに夜這いをかけるかに内容が変わっていた。
しかも会話の内容が結構えぐい。
痺れ薬で自由を奪う、ロープで拘束する、いっそ媚薬で、などと誇りあるエルフの戦士と辺境貴族のご令嬢が考えてはならないことを平気で口にしていた。
そんなふたりにアストリットは目眩を覚えてしまう。
(――でも、気持ちはわからなくもないけどね)
アストリットとレダの関係はよき友人だ。
しかし、診療所を手伝い、食事を共にし、毎日顔を合わせていると、自然と彼に惹かれていくことを自覚していた。
ヒルデやヴァレリーと比べると、立場的にいろいろ面倒なアストリットなので、その気持ちをどうするべきか悩むことはある。
なによりも、今のみんなの関係が心地いいのでついこのままでいいとも思ってしまうのだ。
しかし、ルナがちゃんと異性として見られているという衝撃な事実が判明したのだ。
アストリットからすると、「やっぱり」という感じだ。
もともとレダとルナの距離は近しい。
ルナがうまく娘という立場を使い、距離を縮めている姿は実に見事のひとことだった。
レダがルナを子供扱いしていたこともありヴァレリーたちは油断していたが、アストリットは時間の問題だと思っていた。
(私だってルナにちょっと嫉妬してしまうんだから、ヒルデとヴァレリーなんてもっと凄いわよね)
ここ数日、ルナの自慢がウザかった。
レダを見て、にへら、と笑うくらいなら放っておくのだが、レダがいなくなると「あたしってついにパパに女として見られるようになっちゃったんですけどぉ」と、自慢してくるのだ。
もう耳にタコができるほど聞かされている。
あと、さりげなくレダにウインクしたり、ボディータッチしたりするのも見ていてイラッとする。
どうやら自分たちが踏み込めない領域へ、ルナだけ進んでいってしまったらしい。
同志だと思っていたルナが、抜け駆けしたことにヒルデ、ヴァレリー、そしてアストリットはご立腹だったのだ。
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