1「進路相談」
エルザとルナの母娘問題。
ネクセンとメイリンの恋愛騒動。
そんな忙しい日々を送っていたレダの日常も、すっかり平常運転に戻っていた。
冒険者が多いアムルスでは、怪我人が毎日出るため忙しいには忙しいが、それでも精神的にはゆっくりできていた。
「レダ、来客だぞ」
昼休みの休憩をしていると、ネクセンが声をかけてきた。
「急患かな?」
「そうではない。ミナの学校の先生のようだぞ」
そう言ってネクセンが受付を指差す。
「……今日は学校が休みなのに、なんだろう?」
故郷の学校に通っていたのはもう十年以上も前のことだ。
わざわざ教師が教え子の家を尋ねてくるなど、よほどのことだ。
(いや、俺の故郷は田舎だったからみんな親戚のようなものだったからなぁ。アムルスだとまた勝手が違うのかもしれない)
とにかくミナが世話になっている教師をいつまでも待たせておくわけにはいかないので、レダは受付に顔をだした。
待っていたのは、二十代半ばほどの女性だった。
身なりをしっかり整えた、真面目そうな人だ。
しかし、どこか子供に好かれそうな柔らかさを持っているようにも感じる。
レダの記憶が正しければ、ミナの担任教師だ。
名前は、ゾーラという。
「お待たせしました」
「お仕事中に申し訳ございません、ディクソンさん」
レダが会釈すると、ゾーラも同じく頭を軽く下げる。
「いえ、昼休みでしたから。ところで、学校の方でなにかありましたか? 治療が必要ならすぐに向かいますけど」
「あ、いえ、違います。誤解させてしまったようですみません。本日は、ディクソンさんだけではなく、担当する生徒のご家庭を一軒一軒回っているんです」
「そうでしたか。お休みなのにお疲れ様です」
「いいえ、好きでやっていますから。それで、さっそくなのですが」
「はい」
レダは、受付の椅子を彼女に差し出した。
彼女は小さくお礼を言って腰を下ろす。
「ミナちゃんはとても勉強が得意で、意欲もあります。積極的に授業に参加してくれますし、友達も多いです。困っている子をみつければ、一番に声をかけてくれる優しい子でもあります。彼女から、ディクソンさんの家庭環境がとてもいいことを伺えます」
「ミナは学校ではそんな子なのですね」
「ええ。たくさん褒めてあげてください」
「もちろんです」
学校であったことは毎日のように聞いているが、ミナがどんな子なのかこうして誰かに聞くのは初めてだった。
ゾーラの言葉通りなら、まさに自慢の娘だ。
「来週ですが、学校の方で進路相談があります」
「進路相談ですか?」
「はい。まだ成人まで時間はありますが、成人前に働き出す子も少なくありません。学校の方でも、前もって進路を、どんな職業につきたいのかを把握し、可能であれば今のうちからその勉強ができるように応援したいと思っています」
「保護者としてありがたいかぎりです」
「また、まだ進路が決まっていない子たちにも、今後の目標を立ててもらういい機会だと学校では考えています」
「そうですね。いきなり働くよりも、前もって考える時間があったほうがいいですからね」
レダ自身、故郷では農業をしていた普通の青年だった。
しかし、冒険者に憧れ、故郷を飛び出し、いろいろ苦労をした。
そんなレダがこうして治癒士としてみんなに頼られる日が来るとは夢にも思ってなかった。
結局のところ、レダには冒険者は向いていなかったのだ。
過去に戻り、冒険者になるなと言っても当時のレダは聞かなかっただろう。
だが、感情に任せて故郷を出奔さえしなければ、もう少しまともな生活を遅れていた可能性がある。
もっと言えば、故郷に人たちの反対の声に耳を傾けるだけでもよかったのかもしれない。
今の生活に不満はないし、幸せだ。
かわいい娘たちと大切な家族に囲まれているのだから、後悔などあるはずはない。
しかし、娘には自分のような苦労をしてもらいたくないというのが本年だった。
なので、学校が子供たちの進路について一緒に考えてくれるのは本当にありがたく思う。
「そこで、ぜひ来週の進路相談に、お父様であるディクソンさんにも来ていただきたいのです。診療所がお忙しいことはアムルスの住人として重々承知していますが、ミナちゃんの将来のためだと思い、お願いします。時間も一時間ほどですので」
「もちろん出席させていただきます」
「よかった。ありがとうございます。では、来週学校でお待ちしていますね。後日、案内の手紙をお配りしますので、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「では、お忙しいところ失礼しました」
ゾーラが立ち上がり、レダに丁寧に頭を下げると診療所を後にする。
彼女の背中を見送りながら、レダはふと思った。
「進路相談か……そういえば、ミナって将来なにになりたいんだろう?」
よくよく考えれば、ミナのやりたいことを聞いたことがない。
普段から家事はもちろん、診療所の手伝いを積極的にしてくれるいい子だが、自分の今後をあまり口にはしてくれなかったことを思い出す。
レダも、まだ早い、自分が養えばいいと思っていたので、あまり気にしなかったところがある。
「だけど、ミナにはミナの未来がある。俺が勝手に潰すわけにはいかない。一度、ちゃんと話してみないとな」
そういう意味では、進路相談はいい機会なのかもしれない。
「同じ意味でルナも心配なんだよなぁ」
ヒルデは故郷に戻れば一番の戦士だが、今はエルフとアムルスの交流を目的にこの町に滞在している面もある。
診療所の手伝いもしてくれているが、開いた時間でエルフたちとの会議や、領主のティーダをはじめ、商人たちとこれからの交渉もしている。
ナオミは、アムルスの冒険者としてすっかりこの町に馴染んでいるので心配はない。
勇者をこんな田舎町で好き勝手にさせていいのか、と冒険者ギルドの面々と一緒に悩んだこともあったが、他ならぬ本人がそうしたいと言っているので甘えることにした。
まだ開拓中で、周囲にモンスターが多いアムルスにとって、ナオミは貴重な存在なのだ。
ヴァレリーとアストリットに関しては、レダが心配する必要はなかった。
ヴァレリーは領主の妹として町のことに尽力している。
アストリットはヴァレリーを手伝っている。
いずれは王都に戻る日が来るのだろうが、それまでは自由にしてもいいと思う。
なので、ミナ以上に心配なのがルナだった。
診療所の手伝いをしてくれることはもちろん、家事もすっかり板についている。
ときにはその腕を見込まれて、冒険者ギルドから依頼を受けてナオミと一緒に出かけることもある。
しかし、ミナ同様にルナの口からなにをしたいのか聞いたことがなかった。
――おそらく、尋ねれば「お嫁さん」と言うことくらい予想がついているが、それはそれ、これはこれだ。
ミナの将来の話をきっかけにルナとも話をしてみようと思う。
「進路相談か。緊張するけど、少し楽しみだな」
娘が何を思い、なにを考えているのか、尋ねることはいつでもできるかもしれないが、あえて進路として聞くことができればいいと思う。
そして、父親として彼女の夢を精一杯応援してあげたいと思うのだった。
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