47「レダとルナ」
娘の胸の中で泣くだけ泣いたエルザは、憑物が落ちたような穏やかな表情を浮かべ、ルナと昼食の約束をすると帰っていった。
その際、短くレダに「すまなかった」と謝罪したのが印象に残った。
(エルザが救われてよかった。それに、ルナとの関係も悪いものにならなくて、本当によかった)
安堵すると同時に、レダは反省をしていた。
レダはエルザのことが好きになれなかった。
今はもう彼女のことをどうこう思わないが、エルザがルナとわかり合うまでははっきり言って嫌いだった。
だが、その理由も今ならわかる。
(いろいろな理由をつけていたけど、きっと俺は――ルナを取られたくなかったんだろうな)
実の母の登場で、もしかしたらルナが自分のもとから離れていってしまうんじゃないかという不安があったのだ。
それがエルザへの態度に出てしまっていたことをレダは反省していた。
次に顔を合わせたときは、もっとちゃんと向き合おうとも思う。
「さ、あたしたちも帰りましょ」
「そうだね」
レダとルナは、自然と手を繋いで歩き出した。
少女の手は相変わらず小さい。
出会った頃と違って、成長しているし、成人もしたけど、やはり守ってあげたいと思ってしまう。
そんなルナが生まれてから会ったことのなかった母親とちゃんと向き合い、大人の対応をしたことが嬉しく、同時に尊敬もしていた。
もう子供扱いなんてできない。
立派な女性だと、つくづく思い知らされたのだ。
「ねえ、パパ」
「うん?」
「ありがと」
「お礼なんて言わないでよ。俺はなんの役にも立たなかったんだから」
実際、なにもできなかった。
レダにできたのは、ルナからエルザを遠ざけようとしたことくらいだ。
しかし、今ならその判断が間違っていたとわかるだけに、ルナからの感謝の言葉を素直に受け取れなかった。
だが、ルナは微笑んでくれる。
「そんなことないわよぉ。ずっとあたしのこと心配してくれてたじゃない。それだけでとっても嬉しいんだからぁ」
「そうかな?」
「うん。パパがママと向き合ってくれたから、あたしだって向き合おうと思えたの。だからぁ、ありがとっ」
「どういたしまして」
ルナの言葉に、レダは救われた気がした。
間違いだらけのレダだったが、少なくともルナのためのなることができたことにほっとしたのだ。
「と・こ・ろ・でぇ」
「うん?」
きゅっ、と繋がれた手に力が込められる。
どこか砂糖菓子のような甘ったるい声を出すルナの顔を覗き込むと、火照っているようで真っ赤だった。
「る、ルナさん?」
「パパったらぁ、あんなに力強くあたしのこと愛してるって言ってくれたんだから、今夜は初夜よねぇ?」
「あのね」
「ふふふ、冗談よぉ。でも、聞かせて、あたしのこと好き?」
「好きだよ」
「大好き?」
「もちろん、大好きさ」
素直に答えていくと、にんまりとルナの表情が緩んでいく。
「うわぁ、パパったら今日は超素直なんですけど、ねぇねぇ、じゃあ、あたしのこと愛してる?」
「もちろん、心から愛しているよ」
「それってどれくらい?」
「ルナの頭の先から爪先まで、全部愛おしく思っているよ」
「もうっ、パパったらっ! あたし孕んじゃうじゃないっ!」
「孕まないで!」
なんだかいつも通りやりとりになってしまったことに、ふたりは顔を見合わせて笑った。
「ねえ、パパ」
「うん」
「あたしのこと、娘として見てる? それとも、女の子として見てる?」
「正直に言ったほうがいい?」
「もちろんよぉ」
真っ直ぐに自分を見るルナに、嘘はつきたくなかった。
レダは、少しだけ勇気を出して正直にルナへの感情を語り出す。
「もちろん、最初は娘として見ていたよ。でも、ルナの真っ直ぐで一途な想いに、ちょっとずつ女の子として見るようになったかな」
「――やばい! パパが素直に答えてくれるなんて思わなかったから、きゅんきゅんして産まれそう!」
「産まないで!」
「ふふふ、あたしの魅力にパパも籠絡されつつあるってことね」
「そうだね。ルナはいつだって元気で、笑顔で、面倒見のいいお姉さんで、かわいくて……気づけば目で追ってるよ」
「――あ、今の言葉で受精した」
「しないから」
嬉しいからはしゃいでいるのか、嬉しさを隠そうとしているのか、ルナの態度はいつもとあまりかわらなかった。
そのことにレダは少しだけほっとした。
もし、自分がルナを娘としてだけではなく、ひとりの女の子としても見ていることを打ち明けてしまったら、関係が変わってしまうのではないかと恐れていたのだ。
ルナは、レダの不安を消し去るように、腕を絡めてくる。
「正直に言うとね、パパに女として見られていなかったとしても、あたしがパパのことを愛していれば構わなかったの。だって、あたしは愛を与えたい側だから」
「うん」
「でも、パパがあたしが思っていた以上に、ちゃんとあたしのこと見ていてくれて、愛してくれていることがわかって、とっても嬉しいわぁ」
「……なんだか恥ずかしいな。こんなおじさんが、ルナみたいなかわいい年下の子を女の子として見ているとか……あれ? 犯罪じゃないよね?」
「もうっ、パパったらぁ。あたしは成人しているから大丈夫よぉ」
「そりゃよかった」
ふたりはそれからしばらく無言で歩き続けた。
腕を絡め、肩を寄せ合い、まるで歳の離れた恋人のようだった。
「ねえ、パパ」
「どうしたの?」
「きっとパパがあたしのことを今以上に女の子としてちゃんと受け入れてくれるのはもっと先のことだと思う。他の子たちもいるもんね。でも、パパならみんな揃って幸せにできるともうわぁ」
「どうして?」
「だって――あたしは、もうこれ以上ないくらいに幸せだもん」
そう言ってくれたルナは、どこまでもかわいらしく、とても愛しかった。
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