45「レダとエルザ」⑥
おそらく、この一言がエルザの気持ちのすべてなのだとレダは思った。
彼女は愛をいらないと言う。
だが、それは愛されたことがないからだ。
当たり前だ。
奴隷として売られ、貴族に凌辱を受けたのだ。そこに愛などあるはずがない。
「俺はあんたになにがあったのか全てを知らない。正直に言ってしまうと、知りたくもない。だけど、これだけ言える。あんたにとって、ルナは娘なんだ。無条件で愛せる大事な存在なんだ」
エルザは縋るような目でレダを見る。
「愛するとはなんだ? 頼む、教えてくれ」
「その人のことを心から想うことだよ」
「私はルナのことを想っている。片時も忘れたことはない」
「なら、それが愛だよ。それだって立派な愛だ。その気持ちがあるのなら、ルナの一番を考えることができるはずだ」
「……ルナの一番?」
涙を流し続けるエルザの肩に手を置き、ちゃんと伝わるよう願う。
「ルナが望むことをしてあげよう。あの子がなにを望んでいるのか、まずはちゃんと聞いてあげることからはじめよう」
その上で、ルナがエルザと一緒にいたいならレダも引き留めはしない。
寂しくあるが我慢できる。
それがレダなりの愛情だ。
家族になったばかりのレダでさえ、ルナを心から愛せるのだ。
実の母親であるエルザにできないはずがない。
「そんなこと」
「できるさ。俺も協力する。あんたがちゃんとルナのことを考えてくれるなら、ルナと話せるように協力するよ。だから、従うとか、命令するとかじゃなくて、ちゃんと話し合おう」
「……話し合えばいいのか?」
「そうだ。ルナが今、なにを一番に望んでいるのかを知ろう。そして、あんたもなにを一番に望んでいるのかをあの子にちゃんと言うべきだ」
「私の望み?」
「あるだろう?」
レダに問われてエルザは小さく頷いた。
ボロボロと涙を流しながら、ゆっくり口を開いた彼女は、
「私の望みは――ただルナと一緒にいたい。それだけなんだ」
偽りのない願いを告げた。
エルザはそのまま地面に座り込んでしまい、嗚咽をこぼす。
(――一緒にいたい、だけか。親だもんな)
レダは改めてエルザに同情していた。
言葉では表すことができないほどひどい目に遭ってきた彼女は、ずっと心を閉ざしてしまい頑なな態度しか取ることができなかった。
それはエルザ自身のも同じだった。
彼女はルナを求め続けるも、言動は高圧的だった。
しかし、それはただ素直に娘と一緒にいたいと口にできないだけだったのだ。
心を閉ざした女性の精一杯の態度だったのだ。
(俺にはエルザの心を救うことはできない。回復魔法じゃ心は救えない。エルザには時間が必要だ。もしくは、心からの愛情が必要だ)
もし、仮にエルザを本当の意味で救うことができる人間がいるとしたら――。
「――パパ」
不意に背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。
砂糖菓子のような甘い声で、自分のことを「パパ」と呼ぶ少女はひとりしかいない。
「ルナ?」
振り返るとそこには、――唯一、エルザの心を救うことのできるルナがいた。
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