43「レダとエルザ」④



 レダの言葉を受けて、エルザは顔を今まで以上に歪めた。


「ふざけるなっ! 口ではなんとでも言える!」

「そうだな。俺はずるい男だよ。ルナが慕ってくれているのに、あくまでも父親としての立場に甘んじている。ルナもそんな俺を許してくれている。でも、そんな関係だって愛情があるから成立しているんだと思う」

「意味がわからん! 貴様の言うことは、意味がわからん!」

「あんたのように押さえつけるだけの愛情もあるのかもしれない。だけど、それじゃあルナは幸せにはならない」


 偉そうなことを言っている自覚はある。

 ルナの真っ直ぐな想いを、レダはあくまでも父親としてしか受け止めていなかった。

 しかし、レダのルナに対する愛情は本物だ。

 嘘偽りなく、心からルナのことを愛している。


 そして、レダはルナの一途な想いに応えたいとも最近は思うようになっていた。

 かつてレダは、付き合っていた女性にひどい目に遭わされている。

 そのせいで恋愛というものに臆病である自覚があった。

 だけど、それだけでルナの恋心を受け流しているわけではない。


 年齢の違い、父と娘として受け入れた少女との関係の変化への戸惑い。

 それらの要因が重なって、彼女の想いをありのままに受け入れることができないでいる。

 そんな自分のことをずるいと思う。

 そんな自分との関係を無理やり進めようとはせず、あくまでも娘の立場でいてくれるルナにも感謝している。


 レダとルナは、それぞれ想いは違うものの、お互いを心から愛しているのは一緒だった。

 ゆえに、レダはエルザにルナを渡せない。

 エルザが母親としてふさわしいとか、ふさわしくないとかではない。

 彼女自身がルナをちゃんと愛せないのなら、一緒にいても意味がない。

 エルザが娘を求める気持ちもわからなくはないが、レダにとって優先しなければならないのはルナの幸せなのだから。


「ならばどうするというのだ! 貴様は私にルナを渡すつもりがない、ならばどうする!」

「どうするもなにも、俺は渡す気がない、ルナはあんたと一緒に行く気がない。なら、もう答えは出ているじゃないか」

「私にルナを諦めというのか?」


 レダは首肯した。


「ずっと探してきて、ようやく会えた娘なんだぞ! 私のひとり娘なんだぞ!」

「だったら、なぜもっとルナのことを考えてあげられないんだ――いや、これじゃあ堂々巡りだな。もうやめよう」

「よせ」

「もうあんたと話すことはない」

「やめろ、まだ話は終わっていない!」

「あんたは、ずっとひとりで生きてきたようだけど、まずあんたが誰かに愛されて、誰かを愛するべきだ。ルナのことはそれからでも遅くないよ」

「やめろと言っている! 私を哀れんだ目で見るな! 愛を知らないだと? それがどうしたというのだ! 愛など必要ない! 私には、愛など不要だ!」


 エルザの怒声が、レダには悲痛の叫びに聞こえた気がした。


「じゃあ、どうしてあんたはルナを求めるんだ?」

「母親だからに決まっている!」

「母親が娘を求めるのは愛じゃないのか? あんたは、ルナを従わせようとしているけど、それは、あの子との接し方がわからないからだろう? なら、少しずつ関係をいいものにしていこう。俺も手伝うよ。同じ町に住んでいるだ、その気になればいつだって会える」


 散々、言い合ったが、レダにはどうしてもエルザが愛を知らないとは思えない。

 母親として娘を愛しているからこそ、長年に渡り探し、そして今も求めている。

 だからこそ、レダのほうから歩み寄ってみた。


 エルザにルナを渡せないのは変わらない。

 だが、エルザもアムルスに住んでいるのだから、少しずつ関係を取り戻していく時間はあるはずだ。

 エルザが歩み寄ってくれるのなら、ルナを傷付けないのであれば、レダは喜んで協力する。


 しかし、


「――もういい」

「え?」

「貴様の言いたいことはわかった。ルナを、私に渡す気はない、そうだろう?」

「……少なくとも今のあんたには渡せない」

「なら、もういい。私のすべきことはひとつだ――ルナを奪えばいい」


 エルザはレダに歩み寄ろうとはしてくれなかった。


「そんなことをしてあの子が喜ぶわけがないだろう」

「それはお前の考えだ。私の考えではない。娘は母親に従順であるべきだ。そこに喜びもなにもない。親子とはそういうものだ」

「俺は絶対にルナをあんたに渡さないぞ」

「ならば死ね。血の繋がった親子を引き離そうとする、偽物の父親よ。お前を殺し、ルナを取り戻そう」


 腰から剣を抜いたエルザから、明確な殺意が伝わってくる。

 話し合いが終わった瞬間だった。


「死ね、レダ・ディクソン」


 地面を蹴り肉薄してくるエルザに、レダが叫んだ。


「このっ、馬鹿野郎!」




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