42「レダとエルザ」③



「――なんだと?」


 レダの応えに、エルザが険しい顔をして睨みつけてきた。

 だが、その程度でレダの意思は変わらない。


「断るって言ったんだよ」

「なぜだ?」

「逆に聞くけど、どうして俺がルナに命令してあんたに従えって言うと思ったんだ? ルナは俺の大切な家族だ。あんたのような人間には渡さない」

「私は母親だぞ!」

「いい加減にしてくれっ!」


 エルザの憤りをかき消すほどのレダの怒声が響いた。

 怒鳴られたエルザがわずかに怯む。

 レダは真っ直ぐにエルザを見つめ、言葉を続ける。


「あんたは確かにルナの血縁上の母親なのかもしれない。だけど、本当の母親じゃない」

「本当の母親じゃない、だと? なにを言っている? 意味がまるでわからん」

「母親なら母親らしく、娘のことをちゃんと考えろよ」

「考えた上での判断だ。ルナは私と一緒にいるべきだ」


 どれだけ会話を重ねても、エルザの意見は変わらない。

 レダには、どこか彼女が意地になっているようにも受け取れた。


「それはあんたの気持ちだろ。ルナの気持ちを、ルナのためにちゃんと考えてみろよ」

「だから私は」

「あの子から笑顔を奪う気か?」

「なんだと?」

「家族から、友人たちから無理やり引き離して、ルナがこれからも笑うことができるのか? あんなにかわいく笑うルナの笑顔を失ってもいいのか?」

「だが、私は母親だ。娘なら母親と一緒にいるべきだ!」

「じゃあ、母親なら答えてくれ。ルナの好きなものは? 嫌いなものは? なにが得意で、なにが苦手か知っているのか?」


 レダの問いかけに、エルザは悔しそうに唇を噛む。

 彼女は娘との再会を果たしたが、ルナの趣味嗜好を知ることさえできていない。


「だから私はルナと一緒にいるべきだ、一緒にさえいればルナも」

「命令だとか、従えだとか、上から押さえつけることしかしようとしないあんたに、ルナが心を開くわけがないだろう!」

「ならばどうしろと言うのだっ!」


 エルザは傲慢だ。

 しかし、ルナに対して母親でありたいという気持ちは本物だろう。

 それくらいは、レダにもわかる。

 わかるからこそ、はっきりと告げた。




「――諦めろ」




「……なんだと?」

「ルナのことを諦めるんだ」

「なにを、馬鹿な」

「あの子とちゃんと家族になりたいのなら、今は諦めて時間をかけてくれ。少しずつ歩み寄って、ルナのことを知るんだ。あんたが少しでも、ルナのために、ルナのことを考えてくれるなら、俺も邪魔はしない。だけど、自分のことしか考えずにルナを不幸にしようとするのなら――俺はあんたにルナを絶対に渡さない」

「ふ……ふざけるなっ! ルナは私の娘だ!」


 レダは「諦めろ」と言ったが、それはルナをすべて諦めろと言いたかったのではない。

 エルザはまるで時間がないかのようにルナとの関係を強引に進めようとしている。

 その結果、上から押さえつけるような言動が目立ってしまっているのだ。

 それではルナとの距離は近づくことはない。

 むしろ遠ざかってしまう。


 エルザもそのくらいわかっているはずだ。

 だが、生まれてからすぐに引き離された娘と親子に戻りたいという一心から、気が逸っているのだと思う。

 しかし、それではエルザにとっても、ルナにとっても、そしてレダたち家族たちにも良い結果にならないだろう。


「じゃあ、あんたはルナになにをしてあげられるんだ?」

「なに?」

「あの子になにをしてあげられるのかって聞いたんだ」

「共にいてやれる。失った母と娘の時間を取り戻してやれる」

「それも大事だと思う。だけど、今の家族から無理やり引き離すことを、ルナが望んでいるのか?」


 ルナが、エルザとの時間を取り戻すために、自分たちと離れたいというのなら止めはしない。

 たとえ離れていても家族であることは変わらない。

 なら、ルナの意見を尊重して、笑顔で送り出すことくらいできる。

 だが、ルナがエルザと共にいることを望んでいないのなら、話は別だ。

 少なくともエルザの感情だけで、ルナを連れて行かせるわけにはいかなかった。


「貴様はわかっていない! 私がいなかったゆえに、ルナは偽りの家族に満足しているだけだ。確かに、私もそばにいてやれなかったことは悪いだろう。だが、今、ここにいる。ならば、もう偽物の家族など必要ないはずだ!」

「あんたがそういうことしか言えないから、俺はルナをあんたに託せないんだ!」

「なにを言っている? 貴様の言っていることはまるで理解ができない! 子は親と一緒にいることが幸せではないのか!?」

「あんたは本当の親として、ルナを心から愛せるのか?」


 レダの問いかけに、エルザは顔を歪め、まるで小馬鹿にするように失笑した。


「また愛か……くだらん。なぜ、お前たちは、愛などと目に見えないものを信じる! 愛など必要ない!」


 エルザはやはり愛を必要ないと言う。

 それがレダには悲しくてならない。


「あんたの境遇には同情しているよ。愛を知ることができなかったのは、悲しいことだ。だけど、だからこそ、娘に同じことを味わわせるな。あの子は愛を知っている。なら、ルナから愛を奪わないでくれ」

「――愛、愛、愛っ! 貴様は愛などとほざくが、ならば聞かせろ! 貴様は、ルナを愛しているとでも言うのか!?」

「当たり前だ。俺はルナを心から愛している」




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