40「レダとエルザ」①
レダは、ルナがどこか調子が悪そうにしていることに気づいていた。
ルナ本人はいつもと変わらないとばかりに振る舞っているが、大切な家族のことだ、気づかないわけがない。
(きっとエルザとなにかあったんだろな)
昨日、夜のトレーニングから戻ってきた娘は空元気だった。
まるで無理して明るく振る舞っているような。
なにもありませんでした、と言い聞かせているような、引っかかる態度だった。
それに、いつもならレダのシャワー中に突撃してくるのにしてこなかったし、ベッドに潜り込んでくることもなかった。
これには同じくベッドに忍び込んでくるヒルダも驚いたようで、「あれ? ルナはどうした?」と首を傾げるほどだった。
ミナも姉の不調を察しているようで、心配そうな顔をしていた。
(エルザとは、一度ちゃんと話し合ったほうがいいのかもしれないな)
正直なことを言ってしまうと、レダはエルザのことをあまり好きではない。
彼女の境遇には心から同情しているが、現在の彼女の言動がどうしても気にくわないのだ。
エルザは自分のことしか考えていない。
ルナの気持ちを考えず、自分の出した答えに従わせようとしている。
ルナの家族である、ミナたちのことだってなにも考えていない。
それが気に入らない。
ルナがミナたちと離れるわけがない。
もしも仮に、無理やりエルザがルナを連れ去ったとき、自分たちがどう思うかを考えてもいない。
エルザは本当に自分のことだけだ。
そのことが、あまりにもわがままに思えてならない。
(なによりも、母親として娘のことをちゃんと想っていないことに腹が立つ)
親なら、ルナの一番を考えるべきではないかと思う。
長年離れていた母と娘の関係をよいものにしたい気持ちはわかるが、ルナの今の生活を壊してまで、強行する必要があるのか、と憤りを覚えてしまう。
それらの理由から、どうしてもエルザのことを好きになれなかった。
(――だけど、結局、俺はルナをエルザに取られたくないだけなのかもしれない)
ルナという大切な家族が、もし離れていったら、と思うだけで悲しくなる。
そんなことはないとわかっているが、それでも、考えてしまうのだ。
(だからってこのまま放置もできないか)
エルザはルナを諦めはしないだろう。
エルザのことは気に入らないが、ルナは大事な家族だ。
ふたりの関係が険悪になることは、レダも望んでいない。
親娘としてルナとエルザがどうなっていくのかは、今はわからない。
ただ、後悔だけはしてほしくなかった。
「おい、レダ」
「うん?」
思考の渦に囚われていたレダが、ネクセンの呼びかけで現実に戻ってくる。
気づけば、診察を終えてから一時間も経っていた。
「ぼうっとしているようだが大丈夫か?」
「あ、ああ、平気平気。どうかした?」
「客が来ているぞ」
「お客さん?」
「その、小娘の、ルナの母親だ」
「……エルザか」
正直、今会いたい人物ではなかった。
「お前に話があるらしいが、どうする? 追い返すか?」
きっと嫌そうな顔をしてしまったのだろう、ネクセンが気遣ってくれるが、レダは首を横に振る。
「いいや、話をしてくるよ。ただ、このことをみんなには」
「わかっている。黙っていればいいんだろう」
「悪いね」
「だが、戻ってくるのが遅ければバレるぞ」
「うん。ありがとう」
ネクセンに礼を言い、レダは白衣を脱いで立ち上がる。
気は進まないが、いつかちゃんとエルザとは話すべきだった。
そのときが、今来たというだけ。
足取り重く、レダはエルザの待つ、診療所の外に向かうのだった。
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