39「ロナンという男」



 ロナン・ピアーズ子爵は、アムルスに向かい馬車を走らせていた。


 子爵の後続には、彼に大枚を叩いて雇われた冒険者たちが、馬を走らせ追っている。


 冒険者、というよりも野盗と読んだ方がふさわしい風態だった。


 そんな一行が、アムルスの町に向かい何をしようとしているのかというと――復讐だった。




「あの女ぁ……よくも、私に、あんなことをしてくれたなぁ!」




 エルザ・プロムステッドに散々痛めつけられたロナンは、四肢を砕かれ動けない状態で家人に発見された。


 早急に治癒士に治療してもらったため、ことなきを得たが、貪欲な治癒士から請求された治療費はとてもではないが払えるものではなかった。




 そこでロナンは、自分をこんな目に遭わせたエルザに復讐することを決めた。




「エルザぁ。散々可愛がってやったのに、私に歯向かうなど許さないからな!」




 ロナンは、自身の今までの行いを微塵も反省していなかった。


 エルザをはじめ、奴隷たちを欲望のまま凌辱したことも。


 エルザの娘ルナを売り払ったことも、なにもだ。




 むしろ、反省する理由が見つからない。




 ――所有物を自由にしたことのなにが悪い?




 まさにロナンの本心はそれだった。


 エルザに痛めつけられたとき、必死に命乞いと謝罪をしたが、あれは口から出まかせだ。


 あの場を乗り切ることができればよかっただけ。


 それどころか、所有物だった奴隷に足蹴にされたことを深く恨んでいるくらいだ。




「奴隷がご主人様に暴力を働くなんて、また調教のし直しだ」




 ロナンの中では、エルザは昔と変わらず自分の所有物だ。


 ゆえに、捕まえ、再教育し、彼女に客でも取らせて金集めをしようと企んでいる。


 そのため、アムルスに向かっていたのだ。




「ったく、金のために結婚したあの女の家も潰れちまったし、どこから金を集めればいいんだっ! ちくしょう! 借金ばかりじゃないか!」




 すでに妻だった女は彼の隣にいない。


 もともと愛情があって結婚したわけではなかった。


 外見が好みだったから、暇つぶしに結婚してみたが、何度体を重ねても子供のできない役立たずだった。




 実家が商家を営んでいて、定期的に金をくれるので、そういう意味では理想の相手だったが、あくどい商売をしていたせいで王家から目を付けられてあっという間に潰されてしまったのが先日の話だ。


 金のために義父と呼んでいた男は檻の中だ。




 妻だった女も、エルザに斬り付けられた顔の傷が、高い治療虚しく痕が残ってしまった。


 実家の裕福さと、美しさが取り柄でしかなかった妻が傷物になったのなら、もう用はない。


 義母に離縁することを伝えて、顔に醜い傷をおったせいで心をどこかに置いて行ってしまった妻を預けると、ロナンはその足でアムルスに向かった。




「たっぷり楽しんで、客を取らせたら、クソみたいな変態に売り飛ばしてやるぞ、エルザぁ」




 ロナンはエルザへの復讐を考えて、笑う。


 そうしていなければ、治ったはずの四肢が思い出したように痛み出すのだ。


 おかげで満足に眠ることさえできない。


 血走った瞳を見開き、欲望を滾らせるロナンは、ひとつ気になることがあった。




「――そういえば、なぜエルザはアムルスなんて田舎町にいるんだ?」




 しばらく考える。


 そして、気づいた。




「――まさか、そこにルナがいるのか?」




 エルザは、娘のルナを血眼になって探していた。


 そのおかげで、ロナンはひどい目にあったのだ。


 そのルナがどこにいるのかまで、ロナンは本当に知らない。


 だが、もし、エルザがアムルスに滞在して言うというのなら、そこにルナがいる可能性が高い。




「そうかぁ、ルナもいるのか! なら、親子共々売り払ってやる!」




 歪んだ笑みを浮かべたロナンは、自分の欲望を叶えるために馬車をアムルスに急がせるのだった。






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