38「ルナとエルザ」③



「私は親の命令には従順だった」


「あ、そう。それって、おばさんのことであたしのことじゃないわ」




 エルザの言い分をルナは一蹴した。




「ルナ、なぜわからない」


「あのねぇ、歩み寄りたいんならあんたのほうが妥協しなさいよ。どうして、あたしが、なにもかもを捨てておばさんのいうことを聞くことを前提になってんのよ? おかしくない?」


「親の頼みを聞けないというのか?」


「頼み? いつ、おばさんが、あたしに頼み事をしたっていうの?」




 ルナは、噛み合わない会話をいい加減切り上げたかった。


 エルザはルナに自分の言いたいことしか言わない。


 自分の要望しか伝えない。


 これでは会話にならないし、コミュニケーションとしても成り立たない。




(このおばさん、よくこんな性格で今まで生きてこられたわねぇ)




 呆れを通り越して感心したくなってくる。


 とてもじゃないが、冒険者を数年してきた人間とは思えない。


 それとも、今までもこんな調子で生きてきたのだろうか。


 で、あれば驚きだ。




「――そうか、お前は頑なに私を拒絶するのだな」


「はぁ……この人と話をするのってすごく疲れるんですけど。帰ってシャワーを浴びて、寝たいわ」




 ここまで意味のない会話に付き合ってあげたのに、拒絶するとか言われたくない。


 できるものならとっくに拒絶して、家に帰って家族を抱きしめている。




「あたしもあたしなりに、歩み寄ってあげたんだけどね」


「ルナ。お前がそういう態度を取り続けるというのなら、無理やり従わせてもいいのだぞ」


「……あ、そう。やれるもんならやってみなさいよ。それをするなら、あたしはあんたのことを一生母親なんて認めないわ。二度と口もきかないし、目も合わせないから」


「――っ」


「脅しで言ったのなら反省なさい。そんなつまらないことを言う人間のために、あたしの貴重な時間を割いているわけじゃないの。それとも、本気であたしを無理やり従わせようとするのなら、徹底的に抵抗してあげるわ。ほら、かかってきなさいよ」




 挑発的な目をエルザに向けるが、彼女は動かなかった。


 無理やり従わせると言うのは脅しだったのだろう。


 エルザも、そんなことをすれば、ルナからどう思われるかわかっているはずだ。




 しかし、会話がうまくいかなかったせいか、言ってはならない脅しを口にしてしまった。


 結果、ルナから蔑んだ目で見られてしまう。




「はっきり言って不愉快だわ。これ以上、話すことがないのなら、帰りたいんだけど」


「もっと話を」


「あのね、今までのどこにちゃんと話ができたの?」


「だが」


「はっきり言っておくけど、力づくで従わせよなんてことを口にするような人間と、話をするつもりないんてないわ。おばさんとはこれっきりよ。もう近づかないで」


「ルナ!」




 ルナの切り捨てるような言葉に、エルザが叫んだ。


 しかし、ルナは返事をすることも、エルザの顔を見ることもなく、踵を返して去っていく。




 ひとり取り残されたエルザは、娘との会話が失敗したこと痛感し、唇を噛んだ。




「なぜだ、ルナ! なぜ母親の言うことを聞かない!」




 エルザは自分に原因があるとは思っていない。


 ルナの言葉がちゃんと届いていないのだ。


 彼女はルナを取り戻すことしか考えておらず、視野が狭くなりすぎていた。


 娘の言葉さえ、正しく受け取れていない。


 自分が少しでも態度を改めれば、もうっと会話が続いたことさえ、理解できていなかった。




 ゆえに、彼女の怒りは見当違いの方向へ向かう。




「――やはり、偽りの家族がいるからだ」




 エルザの怒りは、レダたちに向いてしまった。




「ルナは偽りの家族に囚われている。ならば、開放してやるのが親の務めだ」




 暗く淀んだ瞳で虚空を見上げ、エルザは恨みを宿した声でそう呟いた。




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