36「ルナとエルザ」①
ルナは、日課にしているシャワー前のトレーニングを終えて、汗をタオルで拭っていた。
「――ふう」
いざという時家族を守るために、必要な武力を衰えさせるつもりはない。
望んで得た力ではないが、自分に戦う力を授けてくれた組織には、そこだけ感謝している。
もちろん、嫌な思い出しかない組織なので、潰れてしまってせいせいしているが。
「帰ってお風呂入ろーっと。汗臭いままパパの前にはいきたくないしぃ」
滴る汗を鬱陶しく思いながら、そんなことを呟くルナは、はっ、とする。
「――もしもパパが汗フェチだったらどうしよう……匂いとか嗅がせてあげたほうが喜ぶのかしらぁ?」
この場にレダがいたら、泣いて否定しそうなことを平然と言う。
ルナにとって、レダは最愛の人だ。
へたれだろうが、汗フェチだろうが、彼女の想いは変わることはない。
「あたしの汗の匂い嗅いでムラムラしたパパをそのまま……うへへ」
ひとりで妄想を膨らませてだらしない顔をする少女は少々不気味だった。
しかし、それを指摘する人間はこの場にいない。
ここはルナたちが住まう診療所から離れた、まだ住み手の見つかっていない土地だ。
周囲も同様で、これから新たな人がアムルスで生活する際に家が建てられる予定だ。
おかげで、少々の物音を立てても苦情を言われることはない。
「ミナ、お姉ちゃん先に大人になるからね。ヒルデ、ヴァレリー、パパのはじめてはもらったわ!」
ルナはいつだって愛しい父のことを考えている。
口でこそ「パパ」と呼んでいるし、娘の立場に甘んじているものの、隙あらば女として一歩踏み出す気は満々だ。
「でも、ちょっと躊躇っちゃうのよねぇ。みんなだってパパのこと好きだし」
ただ、最近は、もう少しこのままでもいいかなとも思っている。
ヒルデガルダやヴァレリー、アストリットにアンジェリーナとレダを好いている女性は多い。
よくもこれだけ多種多様の女性に好意を抱かれながら、手を出さずにいられるものだと娘ながらに感心することもある。
同時に、へたれなレダに不満を抱くこともある。
だが、レダを巡るライバルたちを含めて、みんなとの日々が愛おしかった。
家族同然の彼女たちからレダを独り占めしていいものかと迷い、一歩を踏み出せないでいる。
もちろん、本音を言えば、レダを独り占めにしたいとルナは思っている。
誰にも触れさせず、どこかに監禁して自分だけのレダでいてほしいという暗い欲望だって持っている。
それをしないのは、結局、ルナが家族をとても大事に思っているからだ。
大切な妹のミナをはじめ、家族が大切だ。
ヒルデガルダも、ヴァレリーも、アストリットも、アンジェリーナも。
ネクセンやユーリ、ローデンヴァルト家のみんなことも。
レダの友人であるテックス、リッグス親子も。
そして、一度は自分を狙った勇者ナオミだって、今では掛け替えのない大切な家族だ。
ルナがまだルナ・ディクソンになる前は、ミナだけがいればいいと思っていた。
貴族の屋敷に閉じ込められ、希望も何もなく、ただ人形のように生きているだけだった。
実の父親と、自分たちのことを毛嫌いしている義母に組織に売り飛ばされ、絶望しながらも、妹のためにどんなことでもした。
――そして、レダという暖かな光に出会った。
出会いだけなら、妹のほうが先だが、順番なんて関係ない。
彼を一番愛しているのは自分だという自負がある。
彼を愛し、愛されたい。
彼だけじゃない。
家族のことを友人を、心から愛している。
最近の自分は、ほしいものがたくさん増えてしまった。
「あたしが、パパやみんなをまとめて幸せにするっていうのもありよね」
愛する人たちと共に歩み、一緒に笑い、みんなで歳を取るのだ。
そのためならなんだってする。
邪魔なものは容赦無く、徹底的に排除だってしてやる。
だから――、
「ルナ」
「……おばさん」
「私と話をしてくれ。邪魔を入れずに、ふたりきりで」
目の前に現れた女は排除すべきかもしれない。
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