34「ユーリの質問」①
ネクセンは、フェイリンと結ばれてから幸せそうに顔を緩めながら診療所で働いていた。
彼と婚約したフェイリンは、その日のうちに娼館を辞めたそうだ。
彼女の朗らかな性格から、お客の人気は結構あったそうで、突然の引退に慟哭する人までいたらしい。
レダは、ネクセンから、フェイリンと彼女の母親と三人で生活できる家を探す予定だと、満面の笑みでやや自慢気味に聞かされた。
すでにフェイリンの母親にも挨拶をしたようで、あとは結婚するだけだった。
患者たち、いや、住民の大半がネクセンのプロポーズを知っているので、みんな暖かく見守ってくれている。
そんな人たちの様子を伺えば、もうネクセンに悪感情を持っている人間はほとんどいないだろうと思えて、レダは安堵の息を吐いた。
ネクセンが案じていた、アムルスの住民たちに嫌われているという心配は、もうしなくてもいいだろう。
彼は、もう立派なアムルスの人間だった。
「今日はフェイリンのお母上と食事だ。では、先に失礼するぞ」
一日の診療が終わると、ネクセンが心を弾ませた口調でそんなことを言った。
「いい関係が築けているみたいでなによりだよ」
「ああ、これもレダたちのおかげだ。感謝している」
「ははは、それはもういいって」
「私は幸せだ。貧しく生まれ、金が全てだと思っていたが、愛を知った。フェイリンのおかげだ」
「あの子はいい子だもんな」
「それに、レダ。お前のおかげでもある」
「俺?」
「そうだ。盗賊がこの町を襲ったあの日、お前に会わなければ、私は変わらなかった。この診療所で働くこともなかっただろうし、フェイリンと結ばれることもなかっただろう」
「そんな大袈裟な」
仮に、あの日、レダがネクセンと会わなかったとしても、ネクセンはきっとひとりでいい治癒士になっていたはずだ。
これは、一緒に今日まで働いてきたレダだからこその確信だった。
「大袈裟ではないさ。レダ・ディクソン。心から感謝している、ありがとう。できることなら、今後も良き同僚として、いや、友人として隣にいてくれると嬉しい」
「――もちろんだよ」
レダはネクセンに手を差し出した。
彼は笑顔で、その手を握りしめ、硬く握手を交わした。
「おっと、そろそろ出ないと遅刻してしまう。じゃあな、レダ。また明日」
「ああ、いい夜を」
手を振り、診療所を小走りで後にするネクセンの背中を見送ったレダは穏やかな顔をしていた。
友人が幸せになった姿を見ていると、こっちまで幸せな気分になる。
「ネクセンとフェイリンたちが幸せになりますように」
レダが願わずとも、ふたりは勝手に幸せになるだろう。
レダは、診療所に戻り、白衣を脱ぐ。
彼が大切な人と食事をするように、レダも大切な家族と食事だ。
「ネクセン、プロポーズがうまくいってよかったね」
そんなレダに声をかけたのは、同僚のユーリ・テンペラスだった。
魔法を使用することがなによりも好きな彼女は、診療所で働くことを天職としている。
今日も、患者が引くほど、全力全開で治療に当たってくれていた。
ユーリもまた、ネクセンの婚約を心から祝っているひとりだった。
「そうだね。ところで、ユーリにはいい人はいないの?」
「うーん。僕は魔法使っているだけで幸せだから、しばらく恋愛とかいいかな」
「ユーリらしいね」
予想していた返答に、レダは苦笑してしまった。
魔法第一のユーリらしい。
とはいえ、彼女もまだ十六歳だ。
成人しているとはいえ、慌てて結婚を考える必要はあるまい。
「ところで、レダ」
「うん?」
「レダは、結局、誰を選ぶの?」
「ど、どうしたんだよ、急に」
「僕は自分で恋愛するつもりはないけど、人の恋愛には興味あるんだ」
「ユーリ……君ねぇ」
なんだかんだで恋愛に興味があるのは女の子だな、と苦笑いしてしまうレダだった。
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