32「ネクセンとフェイリン」④



「――愛だと? ルナよ、覚えておくといい。そんなものはまやかしだ」


「本当に哀れよねぇ。でも、別にどうでもいいわぁ。あたしはパパとみんなで幸せになるしぃ、今だって愛に溢れた生活をしているものぉ。あんたが愛を否定しようとどうでもいいのぉ」




 ルナはエルザに嘆息した。


 それにより、エルザの顔色に不快が浮かぶ。




「ネクセンだって、不器用だけど真っ直ぐな愛情を持っているわぁ。ちょっと感心したくらいよぉ。でも、おばさんはなにもないのねぇ」


「私に愛など不要だ」


「じゃあ、なんのために生きてるのぉ?」


「……なんだと?」


「愛を知らず、愛をいらないと言うのなら、このせいで生きている意味ってあるのぉ?」




 ルナは、近くにいる家族を見渡し、誇るように微笑んだ。




「私はミナを愛して生きていたわ。そして、パパに出会い、恋を知り、もっと深い愛情をしったの。今では、家族みんなのことを心から愛しているわぁ。でも、おばさんは違うんでしょ?」


「…………」


「誰も愛さず、誰からも愛されず、ひとりぼっち。見ていて悲しくなるわぁ」


「私はひとりで生きていける。愛など、弱い人間が己の寂しさを埋めるために人に依存するための言い訳でしかない」




 エルザの言い分はあまりにも寂しかった。


 しかし、彼女が愛を否定すればするほど、ルナは饒舌となる。




「別にそれでもいいじゃないの」


「なんだと?」


「愛なんて人それぞれよ。依存だって、愛のひとつの形じゃないのぉ。それさえない、おばさんって、普段なにを思って生きているのかしらぁ」


「私は」


「あ、別におばさんのことなんて知りたくないから、なにも話さなくていいわぁ。でもね――おばさんみたいに、私たちの愛を否定する人間なんて視界に入れたくないのぉ。できるだけ、あたしたちに姿を見せず、息を潜めていてくれないかしらぁ」




 ルナの言葉は、どこまでも冷たかった。


 エルザが顔を怒りに染めて、体を震わせる。




「それが、母親に対する言葉か?」


「えー、そこで母親とか持ち出しちゃうの? 愛とかいらないなら、親子愛だっていらないじゃない。なのに、どうして母とか言うわけ?」


「それは」


「ルナ、そこまでにしよう」




 静観していたレダだったが、雲行きが怪しくなったので止めに入った。




(……ちょっと止めるのが遅かったな)




 エルザに思うことはあるが、この場でルナと喧嘩させるつもりはない。


 もし彼女が激昂してみれば、ルナとの関係は今以上に悪くなるだろう。




「だって、パパぁ」


「母親にそんなことを言ったら駄目だよ」


「こんなおばさん母親じゃないわぁ。愛も知らない哀れな人間が、あたしの母親なわけないじゃない」


「それでもだよ。今は、ネクセンとフェイリンの心配をして集まったんだ。喧嘩をするためじゃない」


「はーい」




 ルナは返事をすると、その代わりとばかりにレダに抱きついた。




「うふふっ、じゃあ、あたしもパパにプロポーズしてほしいなぁ」


「はいはい、それはまた今度ね」


「それっていつかプロポーズしてくるってことでいいのかしらぁ」




 艶のある笑みを浮かべ、レダを見上げるルナ。


 そんな彼女に待ったをかける声があった。




「あ、ずるいぞ、ルナ! なにをしれっとレダにプロポーズさせる約束をしているんだ! わ、私にもだ! ここは平等にプロポーズしてもらわないとな!」




 もちろん声の主はヒルデガルダだ。


 彼女も、母と娘のやりとりに口を挟まず見守っていたのだが、さすがにレダが関わると我慢できなかったようだ。




「おねえちゃんとパパが結婚するの? ヒルデお姉ちゃんも? やったー!」


「あらあら、ルナ様とヒルデ様ばかり羨ましいですわ。レダ様、私のこともぜひ末席に置いていただけると嬉しいですわ」




 大好きな父と大好きな姉たちが結婚すると早合点したミナが両手を上げて喜び、アンジェリーナまでが悪ノリを始める。




「ちょっとぉ! どうしてアンジェリーナまで出てくるのよぉ!」


「ふふふ、レダ様のような素敵な殿方を放っておくような女なんていませんわ」


「――さすがパパね。遊んでもいない娼婦を堕とすなんて。でもね、いいこと。パパの正妻はあたしだからねぇ!」


「まてルナ! そこは話し合いの余地があるだろう! 正妻とはやはり私のような年長者がなるべきだ」


「ロリババは黙っていないさいよ!」


「ロリババと言うな!」


「……あの、みんな」




 レダは結局いつも通りの展開に額を抑えて天を仰いだ。


 賑やかなのは好きだが、自分を取り合う少女たちの言動に心臓が痛くなる。


 そんなレダの服を、ミナがくいくい引っ張った。




「ミナ?」


「おとうさんモテモテだね」


「……ミナまでそんなことを」


「いつかわたしもすてきな人と結婚したいな!」


「――待った。待って待って、まだ結婚は早いぞぉ! ミナはもうしばらくお父さんだけのかわいい娘でいてください!」


「えー、わたしも結婚してみたいのにぃ」




 微笑むアンジェリーナ。


 楽しく喧嘩するルナとヒルデガルダ。


 結婚に夢見るミナと慌てるレダ。




 そして、そんな一同を茫然と眺めているのはエルザだ。


 ルナと言い合っていたはずが、まるで存在を忘れられたかのように放置されていた。




「愛だと? ふざけるな……愛など、この世界に存在などしていない」




 誰かに聞かせるわけでもなく、吐き捨てたエルザの顔は――まるで幼い子供が泣いているようだった。






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