31「ネクセンとフェイリン」③
「ネクセンたちはどうなったかな?」
アンジェリーナの自室で待たせてもらうことにしたレダが、落ち着きなく窓の外を眺めて足踏みをしている。
当初は、ふたりのことが気になり、廊下で待っていたものの、レダを気遣ってくれたアンジェリーナが部屋に招き、お茶を御馳走してくれたのだ。
「うまくいくんじゃなぁい?」
「ネクセンの成功を祈るとしよう」
「ネクセンおじちゃんのプロポーズがうまくいくといいねー」
アンジェリーナの部屋には、家にいるはずのディクソン家三姉妹もいた。
「君たちね……家にいるようにって言ったのに」
「嫌よぉ。パパがひとりで商館に行くとか心配だもん」
やましいことはないが、子供を連れて娼館に足を運ぶのは教育に悪いと判断したレダは、三姉妹に家で大人しく待っているようにお願いした。
彼女たちは元気な返事をしてくれたのだが、気づけばレダよりも先にアンジェリーナとお茶をしていたのだ。
ネクセンを心配しているのか、それとも言葉通りにレダをひとりで娼館にいかせたくなかったのか、彼女たちの真意は不明だった。
(――やけに聞き分けがいいと思ったら、まったく)
「君たちを家に置いて、娼館で遊ぶような真似はしないよ」
「本当にぃ? アンジェリーナに誘われたらころっといきそうだもん」
「レダはチョロそうだからな」
「おとうさんはチョロくないと思うよ!」
娘たちは我が家にいるようにいつも通りだ。
たくましい三姉妹に、レダは顔を引きつらせてしまう。
「ふふふっ。実を言うと、このあとレダ様をお誘いするつもりだったのですが、ルナ様たちにはお見通しのようでしたわね」
「ちょ、アンジェリーナさん!?」
「あらあら、レダ様ったらそんなに慌てて。冗談ですわ」
(そんなことを言ったらルナたちが……)
「ちょっとパパぁ! 鼻の下が伸びてるんですけどぉー!」
「レダも男だ。仕方があるまい。だが、妻がいるというのに娼館で童貞を捨てるのは感心しないな」
「おとうさんえっちー!」
(ほらこうなったー! 地味にミナの言葉が俺を傷つける!)
クスクスと笑うアンジェリーナにからかわれたと察したときにはもう遅い。
娘たちはジトッとした目で父を見つめていた。
「そ、そんなことないよぉ」
どうして自分はやましいことがないのに声が震えているのだろうか。
娘たちの視線がちょっと険しくなかった気がした。
「すごーく怪しいんですけどぉ」
「怪しいぞ、レダ」
「おとうさん、あやしい!」
「……いや、あのね、ちょっとくらい信じてほしいなぁー、なんて」
娘たちの視線がチクチク刺さり、レダの心にダメージを与えていると、
「――ふん。くだらん」
部屋の中に居た『もうひとり』が沈黙を破って、侮蔑まじりの声を吐き捨てた。
直後、和やかだった部屋の空気が硬直する。
「……ブロムステット」
あえて存在を無視していたレダが、ルナの母エルザ・ブロムステットに顔を向けると、彼女は睨み付けるような目でこちらを見ていた。
「なによぉ、おばさん。人様の家族の会話に割り込まないでくれますかぁ」
「ルナ。やめなさい」
「えー、でもぉ、赤の他人に余計な口出しとかされたくないんですけどぉ」
ルナの冷たい言葉に、エルザの表情が歪んだ気がした。
一度は止めたレダだったが、ルナのエルザに対する態度は頑なだ。
(完全に無視するよりはマシだと思うべきか、母親にそんな口を聞かないほうがいいと叱るべきか)
父親としてどうするのが正解なのかわからず悩んでしまう。
その間にも、ルナはエルザを睨んで、口を開く。
「で、なにがくだらないって言うのかしらぁ?」
「……貴様たちは、愛だ、プロポーズだと騒いでいるが、所詮は金のある治癒士が娼婦を買った、それだけの話だろう?」
偏見に満ちたエルザの言葉に、ルナのまゆが釣り上がった。
それよりも早く、レダは口を挟む。
「あんたな、ネクセンとフェイリの話を聞いていて、どうすればそんな結論になるんだよ」
「あの治癒士は抱いた女を手元に置いておきたくなった。女も、こんな仕事をしなくていいのなら誰だって構わないだろう」
「――あんたなっ!」
「やめなよ、パパ」
あまりにもネクセンとフェイリンを馬鹿にしたエルザの言葉に、レダの怒りが沸点に届く。
が、そんなレダを止めたのは、驚くことにルナだった。
「ルナ」
「ネクセンとフェイリンの想いがわからないような、かわいそうなおばさん相手にするだけ無駄だしぃ」
「……そう、だね」
「おばさん、かわいそうね。あんた、愛を知らないのねぇ」
娘の哀れみが混ざった言葉に、エルザは顔を歪ませた。
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