30「ネクセンとフェイリン」②
「ね、ネクセンちゃん」
フェイリンが動揺を隠せない声で、ネクセンの名を呼ぶ。
彼は、部屋の中に入ってくると、フェイリンの傍に膝をつき、彼女の手を取る。
「すまない。このようなことをするべきではなかったのかもしれないが、フェイリンの本当の気持ちを知りたかった」
「……まさか、ずっと? レダさん?」
「ごめんね。強引だと思ったんだけど、ふたりが相思相愛ならちゃんと気持ちを打ち明けあった上で話をするべきだと思ったんだ」
レダは立ち上がり、ネクセンの肩を軽く叩くと部屋の外へ。
「レダ、すまなかった。お前にこんなことをさせてしまうなど」
「別にいいよ。じゃあ、俺は外にいるね」
「――ありがとう」
「うん。あ、ごめんね、フェイリン。騙すような真似をして。でも、ちゃんと話し合った上で、どうするのか決めたほうがいいよ。そうじゃないと、あとで後悔するから」
「……うん。私も、ありがとう」
レダは、顔に出さずに驚く。
実を言うと、騙す形になってしまったフェイリンからは文句のひとつでも言われる覚悟をしていたのだ。
だが、彼女から、予想に反してお礼が伝えられた。
ネクセンとフェイリンの笑顔を向けてうなずいたレダは、ふたりの未来が明るいものになるように祈りながら、部屋をあとにするのだった。
※
ネクセンは、フェイリンの手を握ったまま彼女と見つめあっていた。
しばらく無言が続いたが、彼が恐る恐る愛しい人の名を呼ぶ。
「フェイリン」
「ネクセンちゃん」
「話はずっと聞いていた」
「うん」
「私は、フェイリンのことを負担に思ったことなど一度もない。むしろ、私のほうが君の負担になるのではないかとずっと案じていた」
「え? どうして?」
心底不思議そうな顔をするフェイリンに、ネクセンは自嘲するような声を出す。
「私は……レダと出会うまで、金のことしか考えられない治癒士だった。そのせいでこの町では嫌われ者だ。そんな私に好かれたと知れたら……町の住民たちから君がどのように思われるか不安だったのだ」
「そんなこと気にしないのに」
「ありがとう。だが、フェイリン。君が、私が不安に思っていたことを気にしないと言ってくれるように、私も君の不安をなにも気にはならないのだ」
「――っ、そう……そうなんだね」
ネクセンの抱えている不安を、フェイリンが大したことではないと思うように、ネクセンもまたフェイリンの不安を気になどしていなかった。
そのことを伝えたく、彼は心を込めて彼女に気持ちを語り続ける。
「私はフェイリンにずっと救われていた。君の優しさ、明るさ、すべてに恋い焦がれている」
「――ネクセンちゃん」
「だから、どうか、私とこれからの人生を共に歩んでほしい」
「で、でも」
真っ直ぐなネクセンの告白を受けたフェイリンだが、彼女にはまだ躊躇いがあった。
しかし、ネクセンはそれを理解しているのか、優しく言葉を続ける。
「わかっている。仕事のことを気にしていることも、お母上のことも。だが、私はそのすべてを含めて、フェイリンという女性を心から愛している」
「……うぅ」
「頼む。フェイリン……どうか私と結婚してほしい」
ネクセンの想いはどこまでも真っ直ぐだった。
ただ、愛しいフェイリンと共に人生を歩みたい、彼女を幸せにしたい、それだけだった。
「……後悔しない?」
震える声で問うてきたフェイリンに、ネクセンは笑顔で頷いた。
「するはずなどない」
「私、娼婦だよ? ネクセンちゃんだけを相手にしてたわけじゃないんだよ?」
「君が仕事のことで私に負い目を感じてしまうなら、私が生活を支えよう。もうここで働く必要などない」
「体の弱いお母さんもいるす、きっと迷惑だって」
「フェイリンのお母上なら、私にとっても母だ。私は孤児で家族がいないから、母親ができるならこれ以上に嬉しいことはない」
「――で、でも」
フェイリンは次なる言葉を探す。が、出てこなかった。
負い目に感じていることを全て受け入れてくれるとネクセンが言ってくれた以上、心がこれ以上彼を拒みたくないと言っているのだ。
「私には君しかいない。どうか、私のことを孤独にしないでくれ」
「うん……私だって、ネクセンちゃんしかいないもん」
「――っ、で、では!」
ネクセンの瞳が輝く。
そんな青年の言葉に応えるように、フェイリンが頬を赤くしてゆっくり頷いた。
「はい。こんな私でよかったら、末長くよろしくお願いします」
「フェイリンっ、愛している! 幸せになろう!」
歓喜に満ち溢れたネクセンは、勢い任せにフェイリンの柔らかな体を力一杯抱きしめたのだった。
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