29「ネクセンとフェイリン」①
アンジェリーナが訪ねてきた翌日。
レダは娼館にいた。
「先日はお世話になりました! フェイリンです! よろしくお願いします!」
「レダ・ディクソンです。今日は、お休みなのに、わざわざ会ってもらってすみません」
娼館の中にある、フェイリン用の部屋に通されたレダは挨拶を交わした。
フェイリンはレダの目から見ても、元気いっぱいないい子そうだった。
ハニーブロンドの髪を、短めに揃えたフェイリンはどこか快活さを感じる。
人懐っこい笑みや、明るい雰囲気が、好印象を与えてくれた。
ひとしきり、挨拶をしあうとふたりは椅子に腰を下ろす。
「いえいえ! ネクセンちゃん――じゃなかった、ネクセンさんのお友達なら、喜んで。えっと、それで、今日は私に用事ってなんですか?」
「実を言うと、そのネクセンのことで来ました」
「……あははは、そうじゃないかなーって思ってました」
元気いっぱいだったフェイリンの笑顔に若干の曇りが見えた。
「誤解しないでほしいのが、別にネクセンのことについて文句を言いに来たんじゃないんです」
「え? そうなんですか?」
「少し話をしたかった。それだけなんです。俺は、君がネクセンのプロポーズを断った理由を知っています」
「……そう、ですか。あの」
「なんでしょうか?」
「ネクセンさんには言わないでください!」
深々と頭を下げて、そんなことを言うフェイリンにレダは顔をあげるように言った。
「君がプロポーズを断った理由を、ですか?」
「はい。ネクセンさんはいい人なんです! だから、きっと、本当のことを知ったら……」
「あいつなら、引き下がらないですよね」
「だから、黙っていてくれませんか?」
潤んだ瞳をレダに向けて、懇願するフェイリン。
彼女にレダが問う。
「君はそれでいいんですか?」
「だって……ネクセンさんに迷惑をかけたくないから」
「ネクセンは君のことを迷惑になんて思わないはずだけど」
「でもでも! ネクセンさんの負担になることはわかってるじゃないですか! それに――」
フェイリンは涙目で絞り出すように言い放った。
「私は娼婦なんです! いろんな人に抱かれたから、ネクセンさんが初ってってわけじゃないし」
「ネクセンは、すべてを含めて君のことを愛していると言っていったよ」
「――っ、でも!」
「お節介なことをしている自覚はあるけど、それでも言わせてほしい。君次第だよ、フェイリン」
「私、次第?」
「ネクセンの覚悟は決まっているんだ。君の職業のこと、お母さんのこと、全部ひっくるめて君を受けていれているんだ。だから、あとは君がどうしたいかだけだよ」
「そんなの――」
フェイリンの瞳から、ボロボロと涙が溢れ落ちていく。
もう言葉を聞かずとも、彼女の気持ちがわかった。
それでもあえて、彼女が心中を口にしてくれるのをじっと待つ。
「ネクセンちゃんと結婚したいに決まってるじゃないですか!」
彼女から、聞きたかった言葉を聞くことができた。
フェイリンの想いは止まらない。
一度、口にしてしまうと、堰き止めていたものが決壊するように次々と言葉が出てくる。
「あんなに優しい人にあったことないです! 娼婦の私に優しくしてくれて、お母さんのことまできにかけてくれて……きっとネクセンちゃんみたいな人とはもう出会えない!」
「なら、もう答えは出ているんじゃないかな?」
「でも、ネクセンちゃんは治癒士だよ? 放って置いたって素敵な人と結婚できるでしょ? わざわざ私みたいな女と結婚する必要なんてないじゃない!」
「でも、ネクセンは君のことが」
「言われなくてもわかってるよ! 私だってネクセンちゃんのこと大好きだもん! ネクセンちゃんと結婚できないなら、一生誰ともしないもん!」
「――だってさ、ネクセン」
「へ?」
レダが部屋の外に声をかけると、静かに扉が開いていく。
「え? うそ」
フェイリンが信じられないものでも見たように、部屋の外に立っていたネクセンを見つめた。
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