24「ネクセンの恋」④



 無人の待合室の椅子に、ひとり力なく座っている人影を見つけ、レダは気を使うように声をそっとかけた。




「ネクセン」


「……レダか。笑ってくれ。私は相手にもされなかった」


「そっか。残念だったな」




 かける言葉が見つからないとはこのことだ。


 力なく項垂れているネクセンの姿は、痛々しくてならなかった。


 花束も受け取ってもらえなかったのだろう。


 しおれてしまった薔薇は、床へ落ちている。




「気を落とすななんて言えないよ。ショックだっただろう。今日は家に帰って、しばらくゆっくり休んだらどうだ? それとも、みんなで飲みに行こうか?」


「……気遣ってもらってすまないが、今の私にはそんな気力はない」


「だよな」


「だが、不思議とすっきりはしているんだ。想いを告げることができたのだ。それだけでも、過去の私よりは一歩進めたんだ」


「ネクセン、お前」


「午後から普段通りに働かせてくれ。そのほうが気が紛れていい」


「いいのか? 無理しなくていいんだぞ?」


「ミスをしないよう心がける。だから、頼む」




 ネクセンに頭を下げて頼まれてしまったレダは、断ることができなかった。




「ネクセンがそれでいいなら、俺が特に反対する理由はないよ。さ、じゃあ、午後の診療を始めようか」


「ああ。すまない」




 短く返事をしたネクセンは、診療所の奥へひとりで向かってしまう。


 残されたのは、レダと床に落ちたままの花束だけ。




(放っておいたほうがいいのか、気にかけたほうがいいのか、難しいよな)




 自分がどういう対応をすることが正解なのかわからず、悩んでしまう。


 花束を拾い上げながら、レダはため息をついた。




(昨日の様子だと、フェイリンって子はネクセンを嫌っているような雰囲気はなかった。むしろ、動揺するネクセンのことを優しく抱きしめ、慰めていたじゃないか)




 もしかすると、告白を通り越してプロポーズしてしまったのが早急すぎたのかもしれない。


 フェイリンにもフェイリンの事情があるはずだ。


 確か、体の弱い親もいるとネクセンが言っていたことを思い出す。


 それらが結婚の障害になるとは思わないが、彼女なりにネクセンのプロポーズを断る理由があったのだろう。




 恋愛はふたりでするものだ。


 ネクセンがどれだけフェイリンを深く愛想が、想いが一方通行では、彼の恋心が実ることはない。


 残念ではあるが、縁がなかった――そう思って諦めるのもひとつの選択肢なのだろう。




(ネクセンはどうするんだろう?)




 レダはかつて、リンザという女性と付き合っていた。


 特別恋心を抱いていたわけでもなく、周囲に流されるままの関係だったので、金の切れ目が縁の切れ目でフラれたときも、そうダメージがあったわけではない。


 それでも、ショックは大きかったし、金づる扱いされていたとわかった悲しみはそれ相応だった。


 おかげで、今ではすっかり恋愛というものに臆病となってしまっている。




 ならば、心から本気でフェイリンを愛しながら、想いが叶わなかったネクセンの心はどうなってしまうだろうか?




(俺にできることがあるかわからにけど、ネクセンの力になってあげたいな)




 友人として、彼にしてあげることが少ないことを、歯痒く感じてしまうレダだった。






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