25「アンジェリーナの来訪」①



 気まずい雰囲気の中、診療時間が終わり夜を迎えた。


 診療所の戸締りを終えたレダは、ひとり診察室で白衣を脱いで、肩の力を抜く。




「今日は大変だったなぁ」




 まさかネクセンのプロポーズが失敗するとは思わなかった。


 もちろん、相手が受けるか受けないかは自由だが、友人として成功することを祈っていただけに残念でならない。


 ネクセンの落ち込み様は相当で、レダたちはもちろん、患者たちでさえなにかあったのかと尋ねてくる始末だった。


 それでもミスひとつしなかったのは、さすがだ。




 あれだけネクセンのプロポーズにはしゃいでいたルナでさえ、力なく項垂れるネクセンに気を遣って静かにしていたくらいだ。


 まだ恋愛に疎いミナも、彼がうまくいかなかったのだと察して悲しげな顔をしていた。


 ヒルデガルダは真っ直ぐな性格ゆえ、ネクセンを励まそうとしたが、逆効果になりかねなかったのでヴァレリーとアストリットが取り押さえる一幕もあった。




 すでにネクセンは帰宅している。


 いつものように夕食に誘ったのだが、断られてしまった。


 今はそっとしておいたほうが彼のためなのかもしれないと考え、レダはそれ以上彼を引き留めなかった。




「ねぇ、パパぁ」


「ルナ?」


「おとうさん」


「ミナも」


「私もいるぞ」


「ヒルデまで、どうしたの?」




 診察室を覗く三姉妹に、レダは尋ねる。


 夕食の時間だと呼びにきてくれたのだろうか。


 今日は何かと精神的に疲れたので、食事を終えて、シャワーを浴びたら酒を飲んでぐっすり眠りたい気分だった。




「ご飯の支度ができたんだけどぉ……その前に、お客さんよぉ」


「すでに二階に通してある。なんなら、一緒に食事でもと思ってな」




 ルナとヒルデがそう言ってくれたが、レダには訪問者がわからなかった。




「誰がきたの?」


「アンジェリーナおねえちゃんだよ!」


「アンジェリーナさんが? ――あれ? ていうか、三人ともアンジェリーナさんと面識あったっけ?」




 先日の急患の一件では、ネクセンとユーリで対応したので、ルナたちは顔を合わせていないはずだ。




(――嫌な予感がする)




 恐る恐る娘たちを伺うと、彼女たちはにんまりと笑った。




「あのねぇ、パパの童貞を奪おうとした女を、あたしたちが放っておくわけないじゃないのぉ」


「うむ。次の日には、娼館に乗り込んだぞ」


「楽しかったよー」


「なにしてんの君たち!?」




 予感的中。


 父親が足を運んだ娼館に乗り込んだ娘たちとか、ありえない。


 そもそも付き合いというか、無理やり連れてかれただけだし、娼館でも人助けしかしていない。




(俺は悪いことはしていない……と、思う)




 口に出さないのは自信がないからだった。




「心配することはないぞ。未遂で済んでいたので私たちもことを荒らげるつもりはなかった。今ではよき友人だ」


「……友人て」


「あのね、あのね! わたし、よくわからないけど、おねえちゃんたちはいろんなことをアンジェリーナおねえちゃんから教えてもらっているんだよ! わたしも大きくなったらお勉強するんだ!」


「勉強?」


「あ、こら、ミナ! それは秘密だって言ったじゃない!」




 ミナの言う勉強がどのような意味だかわからなかったが、ルナの慌てようからしょうもないものだと察した。




「――ルナ、ヒルデ、どんなことを教えてもらっているのか言いなさい」


「そ、そんな怖い顔をするな」


「そうよぉ。悪いことなんてしてないわぁ。ちょっと、男の人の悦ばせ方をレクチャーしてもらったっていうかぁ、ナンバーツー娼婦のテクを伝授してもらったっていうかぁ」


「……本当になにしてるの」




 予想より斜め上なことを学んでいた娘ふたりに、レダは呆れてしまう。


 どうせルナたちが教えてほしいとアンジェリーナにお願いしたのだろうが、良識ある大人としてできれば断ってほしかった。




「い、いいじゃない! パパに喜んでもらうためよ!」


「安心しろ、レダ。私たちは、レダ以外の誰かを相手にしたいなど思っていない。ただ、テクニックを学び、レダを喜ばせたいという一心なのだ」


「それのどこに安心する要素があるんだよ!」


「おとうさん」


「……唯一の救いは、ミナが関わっていないことだよ。本当によかった」


「いつになったらわたしも、テク? を、教えてもらえるのかな?」


「ミナはそんなもん覚えなくていいです!」






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